第17回1000字小説バトル
Entry13
私は、明日死にます。 悔ひはありません。不思議と安らかな気持ちだ。 (中略) 奈津子、奈津子が先日こはしてしまつた玩具は、こつそりなほし て兄さまの戸棚に隠してあります。そこに別の手紙もはいつてゐる から、それをお読みなさい。 母様と、父様のこと、よろしくおねがいします(ふたりとも、も う歳なのにむりをして働かぬよう、お前がしつかりするのですよ)。 あの若者が無事にかえつてきたなら、一緒になるも良いでせう。 この手紙を残して、兄は死にました。飛行機に乗つて、敵の船に 体当たりして、大勢の敵をやっつけたのだと、母から聞きました。 私は、兄が死んだなんて信じられなくて、しばらくは手紙の内容も 忘れ、兄の部屋にこもつてただ泣いてゐたのですが、ある時ふと、 あの玩具がほしくなつて兄様の遺言通り戸棚を開けると、玩具と一 緒に手紙が一通、出てきたのです。 そこには、こう書かれてゐました。 さて、奈津子はこの手紙をどのやうな気持ちで読んでゐるのでせ うか。まだ兄様が死んだといふことを信じられずに泣ひてゐますか。 この手紙は、誰にも見せてはいけませんよ。今はまだ、非国民と いはれてしまうから。 奈津子、お前は生きなさい。絶対に死んではなりません。兄様は、 お前のために死にます。 兄様は、この国が愛しいのです。お前が、愛しいのです。天皇陛 下が支えられてゐるこの国が兄様は愛しいのです。 日本は戦争に負けるでせう。そうなつても、誰も恨んではいけま せんよ。皆生きるのに精一杯だから、戦争をしてしまうのですから。 私が死ぬのは、それでいひのです。いま、お前たちを護るために できるすばらしいことなのですから。それをできる自分を、私はい ま本当に誇らしくおもつているのです。 お前は生きなさい。兄様は何時でもお前の傍に居ます。 皆さまに私がこのやうな席にお招きいただいた事は嬉しく思ひます。 でも、私は皆さまが望むやうなことをいへないのです。兄は、望ん で死んでいつたのですから。 え?そんなはずない?いえ、解るのですよ。学の無い私でも。 あなたがたは、誰かのために死ねる喜びをご存じなひのでせうね。 家を出るときの兄の顔は本当に安らかだったのですよ。 お上に無理矢理死なされたのでは無ひのですよ。 このセルロイドの人形は今でも宝物です。今でもはつきりと覚へて いますよ。 青い目のお人形は嫌だといつて私がこはしてしまつたときの、兄の 哀しそうな顔。
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