第17回1000字小説バトル
Entry17
観衆が息を呑む中、電光掲示板にタイムが表示された。 七秒九九九八。 一瞬の間、そして。 わあああああああっ! 歓声が競技場を揺るがした。 『な、七秒台が出ましたよ、ついに。ヒカリちゃん』 『えーっとぉ、今までの百メートルの世界記録って、どれぐらいで したっけぇ?』 『八秒〇〇二一ですよ……』 『なーんだ、一秒も縮まってないんじゃん』 走者は観客に笑顔で手を振り歓声に応える。 走るためだけに上げられたそのしなやかな肉体は、まるで芸術品 の様だった。 ――精巧に作られた右の自動義足を含めて。 「違反? ばかばかしい」 記者会見で、走者はその質問を笑い飛ばした。 「七秒台の世界新が出た。これは純粋に喜ぶべき事じゃないか」 彼は太股のコネクタを外し、机の上に義肢を置いて見せる。 同時に、フラッシュやシャッター音が激しくなった。 「この義足は、僕が右脚を失ってからの三年間、文字通り寝食を共 にして休まず働いてくれているんだ。つまり、僕自身の肉体と全く 変わらないよ」 「ですが、出力が常人の二倍以上というのは、多すぎではありませ んか?」 記者が再び問う。 「僕の身体に合わせて作った脚だよ。それが常人並みである方がお かしいんじゃないかい?」 「でもこれはほとんど自動車に乗って参加しているようなもので… …」 食い下がろうとする記者に、走者は白い歯を見せて爽やかに微笑 んだ。 「世界陸上は、障害者を差別するのかい?」 記者団は、それ以上何も答えられなかった。 ただ、フラッシュの光を浴びて、義肢が何度も輝いていた。 『さあ、世界陸上百メートル、今回の目玉は前回惜しくも破れた日 本の宇田島ですね、アヤノちゃん』 『そうですねー、ガツンとやって欲しいですね』 『前回の大会後、宇田島は正体不明の暴漢に襲われたせいで片足を 失っての出場です。さあ、このハンデをどう乗り越えるのでしょう か!』 『そうですねー、ガツンとやって欲しいですねー』 『宇田島選手に限らず、今回は原因不明の事故で脚を失う怪我から 復帰した選手がやたら多いですが、それはそれ頑張って欲しいもの です!』 『そうですねー、ガツンとやって欲しいですねー』 スタートラインに並んだ選手たちの脚は、太陽に照らされ眩しく 輝いた。
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