第17回1000字小説バトル
Entry20
男たちは「自然の水鉄砲」による襲撃をはじめた。体中縛られて、 おりの中にいるぼくの口をめがけて。これは苦しいというよりは相 当哀しい。鼻に「自然液」(!)が入るから息をしようとしてちょ っとでも口を開けると、生暖かいそれが口に侵入してくる。それで ぼくは息を止めて一生懸命その「鉄砲水」から逃げようと身を動か すのだけれど、彼らはそのたびに迅速に標的を探ってくるのだ。ぼ くはその「自然の水鉄砲」が「自然の掟」に従って終息するまで死 に物狂いで頭を空にしていた。やがて男たちはファスナーを閉めて、 仕事場に戻って行った。 最近ぼくはつくづく人間っていやな生き物だと思う。彼らは、自 分より弱いものを見ると非常に嬉々とした表情を作る。その理由は、 「いじめの対象を見つけたことに対する安堵感」なのである。そし てぼくは彼ら(つまり卑しむべき人間ども)の悦びの対象としての自 覚を今確実に胸の中に抱くまでになってきたのである。これは実に 悲しむべきことではないか。なぜなら、そのことはぼくという人間 がぼくという人格を失うことと同じだからだ。 「悲しみの方程式」というものがある。これはぼく自身が考え出 したものだが(ぼくだって実は相当のインテリなんだ。誤解されち ゃあ困る)、簡単に言うとこういうことになる。つまり、「悲しみ の三乗=1/2悦び」という公式だ。しかし、簡単にこうは言った ものの、物事はもっともっと複雑なのである。すなわち、この「三 乗」というものの正体が、「対象に無思慮窮迫に乗ずる不可罰的事 後行為の可能性を持つ」種類のものであるからなのだ(当然ながら、 これを考え出したのは眠れぬ夜の夢の中である)。 あ、また部屋に誰か入ってきた。ひょっとして食事でも与えてく れるのか…いや違うようだ。彼もまたファスナーをおろしはじめた からだ。ああ、また「自然の水鉄砲」か。しかし…待てよ、今ぼく の前にいる男の顔、どこかで見たことがあるぞ。あっ、あれはひょ っとしてこの国の大統領ではなかろうか。きっとそうだ。いや、絶 対そうだ。ぼくを見て笑ってるぞ。ぼくも笑う。ああ、微笑みなん て、ずいぶん久しぶりのことだな……。 ああ、「鉄砲水」そして「自然水」よ。笑うなったら。頭を、空 にしなきゃ空に。そう、そして例の「悲しみの方程式」だ。だから、 おお、これはもはや悲しみなどではない。そう、「悦び」なのだ。 頭の中に、かすかな光が及び、そしてそれさえも消え再び闇が訪 れるのだ。
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