第17回1000字小説バトル
Entry21
ちょっとでも部屋に花があると明るくなるから、と毎週末に季節 の花を買ってゆく彼女が、今日は花束をと言った。コスモスとキキ ョウとマーガレットと、と美しく目に映ったものは片っ端からとい う具合に指をさす彼女の横顔に、ちらちら視線をやりながら享は笑 みを作った。 「豪勢じゃないですか」 選ばれた花たちを抱え下ろすと、享はバチンバチンと茎の長さを 切り揃えた。「たかーくなりますよ、ちょっと」 彼女は小さく笑う。 「金に糸目はつけないわ、この際」 「それはそれは」 おどけた調子で先を続けたかったが、言葉が出て来なかった。 コスモスの細い茎が描くゆるやかなカーブの形をととのえながら、 享はこの花束の受取人のことを考えた。華やかなピンクと上品な紫 と清潔な白とが奏でる、その愛らしいハーモニーを捧げられるべき 彼の人の胸中をちょっとばかり想像すると、ついため息が漏れた。 苦笑して、作業を続ける。 「ああ、きれい」とやわらかな感嘆の声が聞こえた。 「いい色合いですね」と享は答える。 「いえ、お上手だと思って」 「ああ、プロですから、これでも」 言いながら、ふうわりとセロハンを巻き付ける。ころころと軽や かに、彼女は笑った。 その笑い声が止むのを惜しむように、「大切な人ですか」と享は 訊いた。 「え」 「これ、あげる人」 「ええ」と彼女は頷いた。「とても。誕生日なの」 享も頷いて、「じゃあもっと」とガラスケースに視線を泳がせて みる。「バラでも足しましょうか。映えるんじゃないかな。サービ スしますよ」 「でも」と彼女はうろたえ気味に答えた。「いいんです、派手じゃ なくて」 彼女は享に微笑んだ。「お友達だから、女の子の」 何か気の利いた受け答えをと思ったが、またしても言葉が出て来 なかった。 できあがった花束を享は彼女に差し出した。たかーい値段を告げ て紙幣を受け取る。 渡された釣り銭を財布に入れながら、彼女は「男性も、お花もら うと嬉しいものかしら」と首を傾げて言った。 「そりゃ嬉しいですよ」と享は答えた。「感激ですよ。たとえばこ んな」と彼女の手元を目でさして「花束もらったらね」 腕組みをすると、享は大きく頷いて笑った。 「花屋の男の人でも?」 「いやそれはちょっと難しいかも」 「何だ」 藍色に染まり始めた夕空を見上げてから、「ありがとう」と言っ て彼女は店を出ていった。享は言葉を失ってばかりの自分を持て余 しながら、その背中をずっと見送り続けた。
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