第17回1000字小説バトル
Entry23
「いらっしゃーい」 しばらくすると、アルミニウムの盆に載せられ、それは運ばれて きました。近づいてくるに従い、そこから立ち上る湯気は存在感を 増し、その香りも確かなものになっていきました。一目見た瞬間に 生まれた私の心の中のほのかな感覚はだんだんと強度を増し、それ が目前に到達し、テーブルに移された時には、全くの確信となって おりました。そのラーメンは確かに妻の生まれ変わりだったのです。 生れ変わりは、古来より民間信仰の一部として、各地に流布して おり、その対象は人間に留まらず、様々な動植物、山や川、或いは 食物に至るまで、多くの伝聞が残されております。その様な研究へ の従事が、この事実を受け入れる心の準備となっていたのかもしれ ません。 二十三年半一緒に暮らした妻は、昨年の冬、八ヶ月の入院生活の 後あっさりと他界してしまいました。病院からの電話を受けてから 初七日の法要を済ませるまでの事は、何をどうしたのか今でも思い 出すのに苦労します。ただただ驚きと悲しみと後悔と空しさがぐる ぐると渦巻いていおりました。それはその後の日々、私の心の深い 部分に渦巻き続けておりました。夢の中でもいい、深夜の洗面所の 鏡の中でもいい、せめてもう一度会って、話をしたい。そう思い続 けておりました。 近くで見るとその麺は、ツヤツヤしており、上品な焼豚、控えめ な鳴門と相まって若い頃の恥じらいがちな妻の姿そのものでした。 私は湯気で曇った眼鏡を取り、裸眼で至近距離からその姿を眺め続 けました。そうしてしばらく再会を楽しんだ後、ためらいつつ割り 箸を取りました。せっかく身近に生まれ変わった妻をすぐに食して しまうことに抵抗はありましたが、その美しい姿は青春の日々と同 様に、やがては冷めて、延びてしまうことでしょう。同じ過ちを繰 り返す前に、美しいままを美味しく頂くことこそがラーメンに生ま れ変わった妻の望みに違いありません。丼全体を軽くかき混ぜた後、 全ての想いを込めて私はズルズルとラーメンを啜り始めました。 いつの間にか麺と具は全て無くなり、スープも最後の一口を残す だけとなりました。私は一気に食してしまった事を、ひどく後悔し ました。またしても妻は先に逝ってしまいました。しかし、空虚な 私の心と裏腹に、私の体はラーメン一杯分の満足を味わっておりま した。 そこまで語り終わると主人は出来上がったラーメンをカウンター に置いた。湯気の向こうには……
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