第17回1000字小説バトル
Entry24
私が自分の一風変わった性癖に気付いたのはそれほど前のこと じゃない。その自覚は、特別大きなイベントというわけでもなく、 日常の一コマとして私に訪れたのだった。 とっぷりと日の暮れた夕方の海岸で、じっとりと吹き付けてく る風に頬をねぶられながら、いつものように考え事をしていた時 のことだ。不意に高波が近くまで押し寄せ、私の裸足のつま先を 濡らした。 ぼんやりしていたために波は避けられなかったのだけれど、反 射的に足をひっこめると、すぐ近くで鈍く銀色に光るものが目に 入った。腹を見せてじっとしている魚だった。そっと身を起こし て近づいてみる。 死んでからしばらく経っているみたいだった。 こわごわ触ってみる。堅さと柔らかさが共存した「ぷりゅっ」 という擬音が似合う手触り。死後硬直が解け始めているのだ。 何枚かの鱗が剥がれて手にはりついた。それがすぐに乾いてか ゆくなってくる。だから、魚を後に残して帰ることにした。乾い た鱗が剥がれるのは皮膚が剥がれるのに似ていた。 多分その日を境にして、何かが変わったのだと思う。 魂の抜け殻と巡り会うことが急に増えた。いや、死体なんてい くらでも転がっているのに今まで気付かなかっただけなのかもし れない。車に跳ねられた野良犬、感電して落ちた小鳥、干からび たトカゲ・・・・・・。 触ることはしなかった。ただ、頭の中で手触りを想像するのだ。 実際に触れてしまうのではなくて、思い浮かべるだけ。 私のそんな密かな楽しみはどことなく倒錯と背徳の香りがした。 このまま続けていたら、いつか自分の手で生き物の生命を奪っ てしまう日が来るのではないか、という恐怖と背中合わせの至福。 私の家族がそんなことに気付いたら、きっと家から追い出され てしまうに違いなかった。ずっと前だが、バッタの死骸を持ち帰 って、ひどく嫌な顔をされたことがあったのを思い出す。その時 はまだ子供で、ただ見つけたものを見せたかっただけだったのだ が、今は歴然たる理由がある。気付かれるわけには行かなかった。 そして、運命の日がやって来た。台所を歩いていた私の足元に ネズミが走り寄って来たのだ。考えるより先に手が動いてしまっ た。思いの外強く叩いてしまったのか、ネズミは動かなくなった。 例の感触が脳裏に蘇って、快感に身震いしたその時、運悪くお父 さんが来た。 お父さんは私とネズミの死骸を見比べると、叫んだ。 「母さん、タマがネズミ獲ったよ」 とても肯定的な声だった。
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