第17回1000字小説バトル
Entry6
「私、泣くほど今がイヤなの。」 そう言った私に貴方はただ微笑んでいるだけだった。 「私、明日の事なんて考えられないわ。」 そう言った私に貴方はただ微笑んでいるだけだった。 「私、まだ生きるのかと思うとうんざりするの。」 そう言った私に貴方はただ微笑んでいるだけだった。 貴方はそう、いつも微笑んでいるだけだった。 私が何を話しても、私が何をしても、貴方はいつも微笑んでいた。 私が泣いている時、全然泣かないけれど泣いている時だけ、貴方は 微笑んではいなかった。 あの時だけ…。 私はあの時から泣いていない。 音を立てる事なくそれは沈んでいった。 それは本当に自然で、ゆっくりと。 当り前かのように、私も貴方もそれを膝を抱えて、小さく丸く座っ て見ていた。 それが最後まで沈むのを確認してからそっと立上がった。 でも貴方はまだ膝を抱えたままだった。 私の存在を無視して。 いや、無視したわけではないけれど、 冷たくて透明な空気が流れたので、そう感じた。 「ねぇ…。」 そう声をかけようとしたけれど、正しくないような気がしたので、 私はため息に変えて口から吐き出した。 貴方はまだ、それを見ていた。 私がそこに存在しないかのように、貴方はそれを見ていた。 息を吐き出すことさえも許されない。そんな気がした。 「音をたててはいけない。」 そんな気にさせる貴方の顔を見ていたらな落ち着かなくなり、髪を いじったりクルクル同じ場所を回ってみたり、貴方を観察してみた り。 貴方はそんな私に気が付いた様子はなく、まだそれを見ていた。 私には見えないそれを。 全てをやりつくした私が次ぎにやることは、その場から去る事しか 思い付かなかった。 そっと音をたてないように、静かにゆっくりと家に帰る事にした。 トボトボと歩く私にも貴方は見向きもしないで、やっぱりそれを見 ていた。 振り返って見た貴方の後ろ姿は残酷なほど透明で、綺麗だった。 私はただ涙を流す事しかできなかった。貴方だけが綺麗に見えた。 私はそれから一度も泣いていないし、貴方も微笑む事を忘れていな い。 貴方と私の欠落した感情。
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