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第17回1000字小説バトル
Entry7

夏祭り

作者 : 川辻晶美
Website :
文字数 : 1000
「この辺でいいだろ」
 私の返事も待たず、彼は人が溢れる砂浜にビニール・シートを敷
いた。周囲に知った顔がいないことを確かめてから、私は彼に並ん
で腰を下ろす。日中いっぱい太陽に暖められた砂はまだ、ほのかな
ぬくもりを残していた。夏祭りのフィナーレをかざる花火が、もう
すぐ打ち上がるだろう。
「ねえ、あのビル何かしら?」
「ほんと、真っ暗じゃない」
 観光客の囁きが嫌でも耳に入る。反射的に立ち上がりかけた私の
肩を、彼の掌がそっと押さえた。ビーチ沿いに建ち並ぶホテルの中
で、私達の真後ろにある建物だけが、一つの電灯も点すことなく、
不気味に佇んでいる。
 かつて父が所有していたホテル。毎年この日、最上階の部屋に家
族全員が集まり、花火を観た。一年を通して最も混み合う日にも拘
らず、その部屋だけは家族の為に残しておいたのだった。その特等
席は、少女時代の私の、何よりの自慢でもあった。忙しい父も、そ
の時ばかりは仕事を中断した。でも父は、花火なんか観ていなかっ
たのではないか、と今になって考えることがある。花火に興奮し、
はしゃぎながら振り返ると、必ず父の優しい瞳が私を見つめていた
からだ。後になって、姉も弟も同じことを言っていた。
 崩壊はあっという間の出来事だった。ホテルが人手に渡ると同時
に父は姿を消し、家族は分散した。逃げるように都会へ移り住んだ
私も、偶然、同郷の彼と恋におちるまで、この街に一度も戻ること
はなかった。幸せだった分の惨めさを残して出た街。けれど、生ま
れ育った街……。
 地鳴りのような音と共に空気が揺れた。頭上に巨大な火の華が咲
く。瞬く間に、夜空が光の雨に包まれた。
 間近で観る花火の迫力は、防音の厚い窓から観ていた時とは比べ
ものにならない。切なさも悲しみも吹き飛ばさんばかりに、休みな
く花火は上がる。そして艶やかな大輪の花を描いた後、一瞬にして
輝きを失い、空の一部になる。そう、束の間だからこそ美しい。幸
せだって同じことだ。狭い街のこと。私の家庭事情は、お節介な第
三者の口から、彼にも伝わっていることだろう。
 私は彼の肩に顔を寄せ、白いTシャツにそっと涙を滲ませた。
「毎年、この花火を見よう」
 打ち上がる花火の音の合間に、私は彼の言葉を聞いた。
「これからもずっと、この砂浜で」
 私は何度も頷き、再び彼のシャツを濡らす。
「お祭りの日に泣くなんて、迷子だけだよ」
 火薬の匂いを含んだ潮風が、頬を撫でていった。






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