第18回1000字小説バトル
Entry12
小豆洗いはブチ切れた。 「いつまでもチマチマ小豆ばっかり洗ってられっかぁ!」 彼の名は小豆洗い。ただひたすらに小豆を洗うだけの妖怪である。 なぜ自分が小豆を洗い続けるのか、彼自身もその理由を知らない。 いや、知っていたのかもしれないが、もう忘れてしまった。 「俺はなぜ小豆を洗っていたのだろう……」 これまではただひたすら小豆を洗い続けるだけの人生だった。い つから自分が小豆を洗っているのか、それさえも忘れてしまった。 そんな彼が、自分の存在意義そのものに疑問を持ったのである。 彼は自分に誓った。 「もう、二度と小豆を洗わない」 小豆洗いが小豆を洗わなくなった時、どうなるのだろう。そんな 事が頭をよぎった。しかし彼はかぶりを振って、もう一度誓った。 「俺はもう、金輪際小豆を洗わないんだ」 彼は自由を手に入れた。嬉しくてたまらなかった。この喜びを誰 かに伝えたい。そう考えた彼は、友人の砂かけばばあの家を訪れた。 「砂かけばばあ、聞いてくれ。俺はな、小豆を洗う事をやめたんだ」 「ええっ、本当かい?それじゃわたしはお前さんをなんと呼べばい いのかね」 彼はそこではっとした。そうだ。俺は今まで小豆を洗っていたか ら小豆洗いと呼ばれていたのだ。ならばもう小豆を洗わないこれか ら、俺は一体何になるのだろう。 「……そうだな。とりあえず、今まで通り呼んでくれ」 「お前さんがそう言うならわたしはかまわないが。だけど例えば、 わたしが砂をかけなくなったらただの『ばばあ』になるんだ。それ でもお前さんは『小豆洗い』のままでいいのかい」 「ま、そのうち考えるさ」 その後彼らはしばらく昔話に花を咲かせ、夜が更けるまで痛飲し た。お互いに砂や小豆をぶつけ合った事。二人で並んで河原で砂を 集めたり、小豆を洗ったりした事。次々と浮かんでくる懐かしい思 い出。ふと気づくと日が変わっていた。彼はだいぶ酔っていたが家 に帰ることにし、砂かけばばあに別れを告げた。 その帰り道、彼の心にはあの質問が何度も何度もリフレインして いた。 “それでもお前さんは『小豆洗い』のままでいいのかい” 「いいんだ……俺はそれでも小豆洗いなんだ……」 ぶつぶつと呟きながら家に帰ると、ふと目に入ったものがあった。 それは小豆のたっぷり入ったざるだった。数百年は使い続けていた ざる。その間洗い続けていた小豆。それがひっそりと置かれていた。 彼の人生が、そこに置き去りだった。
![]()
◆QBOOKSに掲載の記事・写真・作品・画像等の無断転載を禁止します。
◆投稿された各作品・画像等の著作権は、それぞれの作者に帰属します。出版権はQBOOKSのQ書房が優先するものとします。
◆リンク類は編集上予告なくはずす場合がありますのでご了承ください。