インディーズバトルマガジン QBOOKS

第18回1000字小説バトル
Entry13

10月28日終電

作者 : 太熊
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文字数 : 818
 いつも乗っているはずのその電車も、座席一つ違うと実に様々な
風景をもたらしてくれる。車両の端、中あたり、またシートの形状
などいろいろな条件で見えるものが違う。極端な話、座る位置一つ
ずれればまた違ったものが見えてくる。
 その日、私はとある事情で終電に乗るはめ(もっとも自分から望
んだともいえなくもないが)になった。終電というものは実に混み
合う。ホームにはたくさんの人でごったがえしていた。電車の到着
と同時にホームにたどり着いたので、後ろのほうに並んだのだが、
運良く座ることができた。
 その座席は普段使っているようなベンチシートではなく、向かい
合ういわゆるお見合い席だった。通路側に座った瞬間、私は軽い違
和感に包まれた。立っている人が左肩にいるのである。あたりまえ
のことなのだがこれがまた実に不思議というかなんというか。耳に
イヤーフォン、広げられた小説を前にしてもその違和感はなかなか
消えてはくれなかった。どんなにひどい空間に置かれても人間は数
分で慣れるという。住めば都とはよくいったものである。自然私も
ものの数分でその雰囲気に慣れた。
 耳には入らないベルの音と共に電車はホームから滑り出した。ゴ
トンといった感触を私の体に与えた電車はまたもや違和感をプレゼ
ントしてくれた。いつもなら乗客にさえぎられて見ることのない車
窓からの風景が見えるのである。しかも右から左あるいは左から右
へと流れていくのではなく、前から後ろへと過ぎ去っていく。私は
なぜかわからない(この稚拙な文章を書いている今でも)がひどく
感動したようだった。本に落としたはずの眼が気が付くと右側の車
窓へといってしまうのである。いつもの、今となっては退屈でしか
ない風景が実に新しく感じた。いや、新しいというよりも初めて訪
れたかのような錯覚に陥った。その風景は賞味期限を切れているは
ずなのに新鮮で、そのせいか濃厚だった。
 君もたまには顔の向きを変えてみるといい。きっと新しい何かを
発見できる。






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