インディーズバトルマガジン QBOOKS

第18回1000字小説バトル
Entry34

ボスと呼ばれる男

作者 : 蛮人S
Website : http://www.geocities.co.jp/Technopolis/3057
文字数 : 1000
 岩手県久慈市の国道を、黒塗りの高級車が一台、男達を乗せて走
っていた。
 すでに日は落ちている。
 後席には二人が座っていた。左端に座る男は地元暴力団の若頭、
名を田熊誠一という。そしてその隣、シート中央に深深と身を沈め
る男がある。ボス、と呼ばれていた。
 小柄だが鋭い目の持ち主だった。
「田熊、今夜の予定を簡単に説明しろ」
「はい、ボス」
 田熊が手帳を取り出した。
「我々さくら組は、かねて調整の北海鯨会との包括的友好協定の調
印に臨み」
「簡単に」
「は、では要点だけ」
 田熊は汗を拭った。
「鯨会の皆様方は、今夜、久慈市内に入ります」
「ふむ、向こうから、この久慈に来るか」

 ボスは記憶した。
――くじら、くじくる

「九時に苦楽寺の前で待ちます。町外れの寂れた寺です」
「九時に苦楽寺か」

――くじらくじくる、くじくらくじ

 ボスはうめいた。
「ん、少し難しくないか」
「大丈夫で。時間には余裕が御座いますので。九時は楽々です」
「くじはらくらく!」

――くじらくじくるくじくらくじ、くじらくらく

「そこで倉治と久地蔵の二人も合流させます」
「クラジとクジクラ!」
 ボスは怒鳴った。
「他に無かったか、他に!」
「は、申し訳ありません(何がまずかったんだ)。今回はこの二人
という事で、はい(奴ら後でシメてやる)。」
「とにかく、く、倉治と久地蔵だな。よし」

――くじらくじくるくじくらくじくじらくらく、くらじくじくらく
らく、らら?

「えー、そして市内のクラブ・ラジカル略してラジクラでイラクの
ラジク氏を迎え……」
「いい加減にしろ!」
 ボスの右パンチが田熊の頬に炸裂した。続いて振り上げた通園バ
ッグを田熊は反射的に避けたが、中から飛び出た弁当箱は見事顔面
へヒットしていた。
「てめえ、俺が四歳の幼稚園児と思ってなめてるなー」
 ボスの水色のスモックに、涙がこぼれ落ちた。
「すみません、そ、そんなつもりは」
 ボスは手帳を奪い取った。
「字が書けるからっていばるなー」
「まさか、滅相も」
「もうボスなんてやだー」
 完全に泣き出した。田熊が叫んだ。「おい、絵本!」
「ここに!」助手席の若手が、素早く絵本を手渡した。
「さあ、絵本です。早速読ませていただきます。ええ、『くじらの
くーちゃん』の、おはなし!」
「やだ!」絵本を蹴り上げ暴れた。「帰る!」
「ボス〜お願いします」
 田熊はボスを抱き上げ必死になだめながら、実にこの方のお考え
だけは難解に過ぎると心の中で嘆息した。






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