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第18回1000字小説バトル
Entry35

デビュー前

作者 : アベタツヤ
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文字数 : 991
 9時におきて支度を整え、イベント会場に出かける。上司はもう
着いているころだろう。朝は弱くいつも布団を出るまでに時間がか
かってしまうが、晩秋の気候を感じ寒さに身を固まらせ、顔を洗う。
歯を磨き服を着、ネクタイを締めて家を出た。いつもの平日の出勤
と同じく。
 会場は盛り上がっていたように思えた。僕自身初めての参加だっ
たので、盛り上がっているか盛り上がっていないかの判断基準は無
かったのだが、人がうじゃうじゃいて多少僕の気分を害したあたり
が、盛り上がっていると思える要素だった。お客さんは休日の楽し
いイベントに参加している。
 2時も過ぎてイベント自体が一息つく頃、カラオケ大会が開かれ
るらしかった。遅い昼飯の菓子パンを大きく口にほおばった瞬間に、
大音量でイントロが始まった。親子連れが多いイベントに似つかわ
しくない淫靡な歌のそれが響き始めた。
 僕は振り向いて、好奇心を掻き立てて歌い手を見た。そこにはミ
ニスカートで化粧の厚い美熟女(といっても30歳には達してない
だろうが…)が笑顔を振り撒きながら、多少の身振りを交えて壇上
中央に立っていた。
 歌声は良かった。美声であった。ビブラートも利いていて、僕自
身生の歌手の歌声を聞いたことは無かったが、「歌手顔負けだ」と
思えるくらい上手かった。選曲と歌声で、周辺のお客達の注目を集
めた。
 一曲終わりそのステージは終わるかと思っていたら、次のイント
ロがすぐに始まった。そして二曲目が終わってもまだ彼女はステー
ジ上にいた。その間トークも交え、拍手を要求し、激しい表情とハ
スキーな声、多少のダンスを交えた独演会で、イベントの趣旨さえ
変えかねない時間を作り出していた。

 「彼女デビュー前らしいよ。」
先輩が呟いた。さらにテレビ局の方が言った。
「彼女うちで開いたカラオケ大会で優勝してテレビ出たんよ。」
デビューするかどうかは結局定かではなかったが、ステージ前に座
るお客に対するアピールする姿勢は強烈だった。自分のステージで
あるということを完璧に意識していた。彼女自身を認知させること
が前面に押し出されていた。彼女の後には控えめな合唱団のコーラ
スが響いていた。
「彼女僕の同級生でもあるんよ。テレビ出てきたときもびっくりし
た。」
30歳にそろそろ届くであろう局の方はそう呟いた。
 
 地域の小さなイベントでこれだけお客にアピールする人物に出会
えることが驚きだった。そして彼女はデビュー前かもしれなかった。
あのステージはイベントのなかでは一瞬の出来事かもしれないが、
彼女にとっては大切な時だったかもしれない。地道な努力と「夢を
見る」才能を持ち合わせているかもしれない彼女のステージの背景
に、僕は心を揺さぶられていた。
 様様な人の色々な人生がイベント会場で偶然交差する。






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