第18回1000字小説バトル
Entry7
今日もここから見えるのは、小さく切り取られた空に浮かぶ青い 月だけ。 もうどれくらいあたしは、ここで一人っきりでいるのだろう。 ───何日か前、あたしは彼とハイキングに来たこの山で、深い 穴に落ちた。 彼は助けを呼びに行くと言ったっきり、帰ってこない。 ……あたしは捨てられたんだろうか? そんな思いだけがぐるぐると頭を巡る。 背負っていたリュックに残っていたお菓子も既に底をつき、ペッ トボトルのお茶もさっき最後の一口を飲んでしまったところ。 これ以上助けが来なければ、あたしはこんな狭い中でたった一人 で死ななければいけない。 どうしてこんなことになっちゃったんだろうな。 ついこの前までは、あたしは世界一幸せだと思ってたのに。 『あの山から見る月はね、最高に綺麗なんだ』 山好きの彼に誘われて、あたしはこの山にやって来た。 確かに頂上から見た月は驚くほど綺麗で、あたしたちは甘い雰囲 気の中、とても素敵な時間を過ごしたのに。 帰り道、足を滑らせたあたしは─── 「……綺麗だな……」 こんな最悪な状態でも、やっぱり月は綺麗なのね。 もうあたし、死ぬことは怖くないの。 あんまり長くここに居すぎて、感覚は麻痺してしまったから。 虫やヘビの住む穴にずっと居たら、生への執着も薄れてきたし。 そんなことより───信じていた彼のこと。 『君にこの月を見せたかったんだ』 ……あの言葉は嘘だったの? 何で彼は助けにきてくれないの? (信じていたのに───) それからしばらくして、あたしは捜索隊の人に助けられた。 あたしが帰らないことを心配した両親が、警察に電話したそう だ。 彼は───麓近くの崖下の川原で、頭を打って死んでいるのを 発見された─── 今夜も月は綺麗。 「ほら、綺麗でしょう? 一人で見る月も」 あたしは彼の位牌を抱いて、彼が発見されたという崖に立つ。 「あたしも一人で見てたのよ」 でもあなたは月を見る間もなく、一人で逝ってしまったのね。 あたしの為に。 あたしを助ける為に。 「大丈夫よ、あたしがいるから」 すぐにあなたの側にいくから。 (疑ったりしてごめんね) そしてあたしは大地を蹴って、月の光の中に飛び込んだ。 今夜の月は二人で見ましょう。
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