インディーズバトルマガジン QBOOKS

第18回1000字小説バトル
Entry7

作者 : 織原桐哉
Website : http://www.geocities.co.jp/Bookend/6772/
文字数 : 888
 今日もここから見えるのは、小さく切り取られた空に浮かぶ青い
月だけ。
 もうどれくらいあたしは、ここで一人っきりでいるのだろう。
 
 
 ───何日か前、あたしは彼とハイキングに来たこの山で、深い
穴に落ちた。
 彼は助けを呼びに行くと言ったっきり、帰ってこない。
 ……あたしは捨てられたんだろうか?
 そんな思いだけがぐるぐると頭を巡る。
 背負っていたリュックに残っていたお菓子も既に底をつき、ペッ
トボトルのお茶もさっき最後の一口を飲んでしまったところ。
 これ以上助けが来なければ、あたしはこんな狭い中でたった一人
で死ななければいけない。
 どうしてこんなことになっちゃったんだろうな。
 ついこの前までは、あたしは世界一幸せだと思ってたのに。
 
 
『あの山から見る月はね、最高に綺麗なんだ』
 山好きの彼に誘われて、あたしはこの山にやって来た。
 確かに頂上から見た月は驚くほど綺麗で、あたしたちは甘い雰囲
気の中、とても素敵な時間を過ごしたのに。
 帰り道、足を滑らせたあたしは───
 
 
「……綺麗だな……」
 こんな最悪な状態でも、やっぱり月は綺麗なのね。
 もうあたし、死ぬことは怖くないの。
 あんまり長くここに居すぎて、感覚は麻痺してしまったから。
 虫やヘビの住む穴にずっと居たら、生への執着も薄れてきたし。
 そんなことより───信じていた彼のこと。
『君にこの月を見せたかったんだ』
 ……あの言葉は嘘だったの?
 何で彼は助けにきてくれないの?
(信じていたのに───)
 
 
 それからしばらくして、あたしは捜索隊の人に助けられた。
 あたしが帰らないことを心配した両親が、警察に電話したそう
だ。
 
 
 彼は───麓近くの崖下の川原で、頭を打って死んでいるのを
発見された───
 
 
 今夜も月は綺麗。
「ほら、綺麗でしょう? 一人で見る月も」
 あたしは彼の位牌を抱いて、彼が発見されたという崖に立つ。
「あたしも一人で見てたのよ」
 でもあなたは月を見る間もなく、一人で逝ってしまったのね。
 あたしの為に。
 あたしを助ける為に。
「大丈夫よ、あたしがいるから」
 すぐにあなたの側にいくから。
(疑ったりしてごめんね)
 そしてあたしは大地を蹴って、月の光の中に飛び込んだ。
 
 
 今夜の月は二人で見ましょう。






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