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第19回1000字小説バトル
Entry10

悲しい青空

作者 : 伊勢 湊
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文字数 : 999
  私はばあさんの家の狭い居間に座り、台所で私に背を向けて湯を
沸かすばあさんと話をする。ばあさんの旦那は二ヶ月ほど前に病気
で亡くなってしまった。こんな峠の山あいで老人が一人暮らしとい
うのは些か不安があるし、家族から一緒に住もうという申し出もあ
るが、ばあさんはいっこうに首を縦に振らない。そういう建て前で
役場の村民課に勤める私はばあさんに立ち退きを説得しに来る。も
ちろん、跡地が核燃料の廃棄施設になることは知っている。ばあさ
んだって知らなくはないだろう。
「わしゃこの人形峠を離れるつもりはない。あんたらもこの峠じゃ
放射能の心配はないと発表しちょろう?」
「そういう問題やのうてやな」
人形峠は国内で唯一ウランが採掘される場所だ。さほど注目されな
い片田舎の原子力施設では危機管理が万全だとは言い切れないかも
しれない。しかし公式には問題ないと発表されているし、それを飲
み込むしかない。だからこそ、ここにいるのが自分のすべきことだ、
とばあさんは思うのかもしれない。
「あんた、この人形峠の名前の由来を知っとるかね?」
「んっ?峠で人の血を吸うっちゅう牛ほどにもある大王蜂を退治す
るのに、寺の坊主が等身大の人形を置いたっちゅう、あれか?確か
人形の血を吸おうとしたが吸えんで死んでしもうたゆうオチやった
な?」
ばあさんは湯飲みに二つお茶を煎れながら言った。
「なんで蜂は大きゅうなったんや?」
「そりゃ分からん、大王蜂やからやな。どっかから来たんかもしれ
ん」
「なら、なんでどっか行かんかったんやろな?」
「そんなこた分からん」
「じゃあ、なんで蜂は死んでしもうたんや?」
ばあさんが御盆に二つ湯飲みをのせて振り向いた。その日、初めて
目が合った。
「そっ、そりゃあ、人形相手に血ぃ−吸おーとして…」
「そうは思わん!わしは…そうは思わん。蜂やて…そないに馬鹿じ
ゃなかろう」
ばあさんがちゃぶ台に湯飲みを置いた。私は湯飲みに手をのばした。
「わしはここで生きていく。この茶とて峠の下の川の水で煎れたも
んじゃ」
口に湯飲みを運びかけた手が思わず止まった。
はっと気付いて、ばあさんを見て、そして目が合った。
責め立てる目ではなかった。でも、もうそれ以上話は続けられなか
った。

 家を出て、空を見上げる。我関せずという感じで空は高く青い。
みんながそれぞれ分かっている。そのうえでみんなこの空の下、あ
るべき様に生きるしかない。そう思うと青い空も、少し悲しい。






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