第19回1000字小説バトル
Entry20
僕は君の過去に嫉妬する。なぜなら、そこには僕の知らない君が いるから。そして、過去の君を知っていた人にも嫉妬する。なぜな ら、彼らは僕の知らない君を知っていて、なお今も君と時間を共有 し続けているから。 ある休日、君と一緒に出掛けた。空には雲一つなく、乾いた空気 のカーテンを淡い陽射しが照らしていた。ありふれた冬の日だった。 気の早いイルミネーションで装飾された街を、寒いね、うんそうだ ね、僕らはこんな他愛の無い話をしながら手を繋いで歩いた。 暫くしてスター・バックスのテラスの前を通りかかった時に、ど こかの大学のブラスバンド部がそこで音合わせをしているのが見え た。彼女は、少し見ていってもいい? と僕に訊き、もちろん、と 言うと嬉しそうに近づいていった。僕も彼女にしたがい、彼女の隣 に立った。 やがて音合わせが終わると、司会者らしき女性がマイクを持って、 聴衆に向かって何かしら挨拶をしていた。どうやらこのブラスバン ド部は亜細亜大学のブラスバンド部らしい。それを聞いて彼女は、 亜細亜大学ってうちの近所なんだよ、と僕にむかって言った。 挨拶が終わり、指揮者が前に立ち聴衆に向かってお辞儀をした。 指揮者が指揮棒を振り始めると、気持ちの良いアルト・サックスの ソロから演奏は始まった。曲はマライア・キャリーの「恋人たちの クリスマス」だった。型にはまっている感じはしたけれど、悪くな いソロだった。やがてその曲の演奏が終わると、次にカーペンター ズの「青春の輝き」を演奏し始めた。すると彼女は嬉しそうに、こ の曲、高校の時にブラスバンド部で演奏したんだよ、と言った。懐 かしいなあ、彼女は本当に懐かしそうにそう言って、演奏に聴き入 っていた。 「ちょっと悔しいな」 僕はそう言った。 「なにが?」 「いや、君の高校時代からの友人は知っていても、僕は君の高校時 代のこと、君が高校時代にどんなことをしてきて、そこにどんな空 間があって、そういうことを知らないから。それで、さ」 僕がそう言うと、彼女はにっこりと笑って言った。「君しか知ら ない私だっているよ」 それに、と彼女は付け加えて言った。 「そ れに、君とはこれから作っていけるものがたくさんあるじゃない」 ありふれた冬の日だった。そうだね、僕はそう言うと彼女の手を 握り直し、絶対に離さない、そう思った。
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