第19回1000字小説バトル
Entry21
学生会館の一階にある喫茶店で僕と彼女は時計台のある校舎が見 えるところに座っている。彼女はパフェを食べおわり、僕は冷えて しまったコーヒーをそのままにしていた。 「あなたってほんとにだいじなことになると黙ってしまうわね。相 談にのろうっていう気がないの」 「……」 彼女はマイルド・セブン・スーパー・ライトに火をつけ吸いはじ めた。煙を天井に向けて口からはきだすと彼女は話をつづけた。 「それにあなたのプライベートなことって私ぜんぜん聞いたことな かったわね」 「……」 「なぜ何もしゃべらないの?」 「君がだいじなことを相談してくれることに、僕が何もちからにな れないことは謝るよ。ゴメン。……。でも僕が何をいってもちから になれないと思うんだ。僕は君が直面している問題に対して何を知 っているんだと思う。何も知らないじゃないか。いいかげんなこと はいえないと思うんだ」 僕はまずいコーヒーをひとくち飲んでから話しはじめた。 「相談にのる気がなくて話さないんじゃないんだよ」 「そんなことをいってるんじゃないの。むつかしい話になるとはじ めっからあなたはとぼけるのよ。私から見るとそれがとってもいや なの」 「じゃあ、どうすればいいんだい」 「簡単な話よ。むつかしい話でもあなたが相談にのってくれたり、 あなたのプライベートな話を私が聞いたりしたいの」 「それでおたがいのこころを傷つけあってもかい?」 「私、いま、そんなこといってる?」 「間接的にね」 彼女は僕の眼をじっと凝視している。僕はキャンパス通りを行き 来する学生たちの波をただ眺めていた。 「……。僕はプライベートなことに関しては話したくはない。話し たくなった時に話す。それでいいじゃないか。……。君の相談事に 関してはこれからは僕は真剣に考えるようにするよ。これでいいか い」 「……。わかったわ。それでいいわ」 彼女は聞きとりづらいほどの小さな声でいった。そしてくまのプ ーさんの腕時計を見ていた。 僕は洗面所にいって顔をあらってきた。彼女はもう席にはいなか った。精算書はすでにぬきとられ彼女が払ったみたいだった。僕の 座っていた席の前に一枚のメモがおいてあった。 偽善者 と、そこには書いてあった。しばらく僕は席に座ってそのメモの 意味を考えていた。けれどもいくら考えても答えになるものは見つ からなかった。ただ時間だけが過ぎた。 それから僕らは会わなくなった。彼女のお母さんが死んだのはそ れから1週間後だった。
![]()
◆QBOOKSに掲載の記事・写真・作品・画像等の無断転載を禁止します。
◆投稿された各作品・画像等の著作権は、それぞれの作者に帰属します。出版権はQBOOKSのQ書房が優先するものとします。
◆リンク類は編集上予告なくはずす場合がありますのでご了承ください。