第19回1000字小説バトル
Entry22
真美子が学芸会に出かけるために家を出たのは、プログラムの予 定時間を1時間も過ぎてからだ。聞いて呆れる、オフの朝寝坊の結 果である。職場の児童館で仲良くなった小学生との約束がぐるんぐ るんと頭の中を回り続ける。私は子どもと果たせない約束を軽々と したのだとイライラしつつ、ブラックコーヒーをがぶ飲みしながら 車を走らせた。 約束相手は母子家庭でお母さんはストリッパーを「誇りを持って」 やっている、りょく君だ。「俺はまだ小学生で、loveの話は駄目だ けど、友情の話やるんだ。いいだろ。ラナー彼は、母をステージネー ムで呼ぶーがいろいろ教えてくれた。先生には内緒なんだ。だから 来て。きっとだよ」。それから指きりげんまんをした。 真美子は軽自動車のアクセルを目いっぱい踏み続け、何とか学校 に着いた。予定開始時刻7分経過。 ほの薄暗い体育館に入ったその時歓声と悲鳴がいっぺんに聞こえ た。暗闇に目が慣れ、事の次第が掴めるまでに、何分かかったろう か。 舞台にはりょく君一人。彼は全く健全な小学校の体育館という入 れ物の中で、不思議と上品な雰囲気をかもし出しながらなんとまあ 服を一枚二枚と脱いでいる。同級生の操作するライトが何とも悩ま しい。 横座りして足を組み、ウインク。生徒達より父兄が喜んでいるよ うに見える。シャツを指先でくるくるとまわし右に左に飛ばしてゆ く。 彼のたった一つのせりふ「おまえの為なら、俺はやるぜ」を滑ら かに言い終え、乱れてた客席内に「最後まで静かに見ろよ」と忠告 して拍手の中を退場。子ども達はそれに従い、大人の喧騒は納まら ぬままだった。 「ほんとはさ、その前がよかったんだぜ」。りょく君は次の日、 ブランコに乗りながらそういって石を投げた。「真美子〜好きだぜ ー好きなんだ」と歌ってから「芸術」を始めたそうな。 おかげで暫くは綺麗どころの小学生のお姉さん達からにらまれる 日々が続くこととなるであろう。 「ラナは来なかった。仕事で疲れてねてた」とりょく君は言った。 何とかこらえている彼の寂しさを、受け止めてやれるだけの力が、 私にあるだろうか、と、真美子は思った。ない。何の力も。 だからこそと、真美子は思いっきり彼を抱きしめた。 りょく君はしばらくして指をくわえ、目を閉じた。 ラナ、ラナと呼ぶ声が、次第にくぐもって来た。
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