第19回1000字小説バトル
Entry25
「何か出てきた?」 「いや、まだだ」 手のひらですくえそうな程の僅かな街灯の明かりが足元を照らし 掘り返した小さな穴の上で青白く揺れる。まるで澄んだ泉のようだ。 長い年月を経て踏み固められた地面は、別の物質のように硬い。 手ごろだと拾っておいた角材も大した役には立たなかった。それで も素手より上等な働きはできるのだから文句は言えない。 だいぶ体力を消費し、少しずつだが穴は深くなっていた。だが目 的の物は一向に姿を見せない。子供の頃、俺はどうやってこの場所 を掘ったのだろうか。 いや、それより── 「何を埋めたんだっけな」 作業を止めずに背後にいるミズホに問う。 「いちばん大事な物」 振り返って確認した訳ではないが、彼女が微笑んでいる気がした。 ──ジュン君の、イチバン大事なものを埋めるんだよ。 ミズホと会ったのは何年振り、いや何十年振りと言っても大げさ ではない。八歳の時に別れたきりだから、もうかれこれ二十年か。 街中では名乗られるまで誰なのか全然判らなかった。ずっと音信不 通だったのだから無理もない。 ……いや、理由はそれだけではない。この二十年、俺が彼女のこ とを思い出す日が一度もなかったからだ。何故だろう、今思い起こ せば毎日のように遊んでいた──誰よりも好きな子だった筈なのに つい数時間前まで俺の記憶から彼女の存在は完全に欠けていた。 彼女が引っ越すことになり、あれだけ悲しんだのに。 久しぶりに出会った俺達は昔話を募らせるうちに、学校の裏手に あるこの場所を思い出した。 学校一大きな桜の下、再会を願いお互いの大事な物を埋めた場所。 ──二十年後に掘り起こそうね。 「ふぅ」 「代わろっか?」 「いや、大丈夫だよ」 穴を掘っているとだんだん記憶が明確になってくる。思えば二十 年間、ずっと無意識に何かを避けていた気もする。 触れてはいけないが、捨てることのできない、大事な記憶…… 「私は嬉しかったよ」 後ろから声がする。俺は何も答えずに土を掘り続ける。 「ジュン君のこと、大好きだもん」 ざく ざく ざくっ 「責めてなんて、ないよ」 彼女の言葉に何故か涙が流れた。 その理由も、そろそろ解かりかけている。 ──ジュン君の、イチバンだいじなものを埋めるんだよ。 角材が土とは違う感触を手に伝えた。 二十年前に俺が埋めたもの。 「……ああ」 振り返ると、もう誰も居ない。 俺は震える手で、まだ幼いままの彼女を抱き上げた。
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