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第19回1000字小説バトル
Entry28

きーっ

作者 : 越冬こあら
Website : http://www.geocities.co.jp/Bookend/4129
文字数 : 1000
 女子ロッカーの扉を閉めた瞬間チャイムが鳴り始め、席に着くと
同時に終わる。
「おはようございます」空々しい挨拶だ。
 課長が本日の予定と連絡事項を告げ、一人一人に発言を求める。
「特にありません」と「別にありません」が並んで朝礼が終わる。
 私はパソコンの電源を入れる。
「カチョー、昨日はどーも」ニヤニヤ顔の加藤がひらひら登場。課
長もつられてニヤニヤと「何言ってんのカトちゃん。昨夜はすっか
りカトちゃんペースに巻き込まれちゃったよ」「いえいえ、三軒目
に誘ったのはカチョーのほうだったじゃないっすか。カチョーの美
声を堪能致しました」
 モニターを見つめながら男芸者たちのおしゃべりを聞く。
「カトちゃんもなかなか。声がいいもんね。うまいんだよ」二人そ
ろってヨイショの練習「いやいや課長の声量には到底及びません」
あっ「そりゃ僕は毎日コーラ飲んでるから」やばい「えっコーラは
声にいいんですか」止めろ!「だって、セイリョウ飲料って言うじ
ゃないか」わわわ「はははコーラ参った」きーっ。
 その瞬間私の中がきーっとなった。私の一番苦手なおやじギャグ。
それも使い古されたやつ。長年のOL生活をもってしてもまったく
馴染む事が出来ないこの定番への反応は、日に日に過敏になって、
聞いた瞬間から体内にきーっが鳴り響く。コメカミの血管が破裂し
そうになる。大声で叫びたい衝動を何とか押さえて、何事もなかっ
たようにキーボードを叩く、叩く、叩く、あれ?手が動かない。う
っ首も回らない。全身がいうことをきかない。
 動かなくなった目玉で認識できる範囲を確認して驚いた。周りも
静止している。田中さんは湯呑に口をつけ傾けたまま。その湯呑か
ら上がる湯気もホワッとしたまま。パソコンのカーソルも点滅して
いない。加藤と課長も大口を開けたまま……時間が停止している。
 おやじギャグに対する嫌悪感が私の中できーっとなって、きーっ
が私と私を取り巻く時間の進行を止めてしまったに違いない。元に
戻す方法は。私は静止したまま苦悩し、現状を分析した。
 おやじギャグの真髄、原動力はその下らなさにある。過敏に成っ
てはいけない。この下世話な集団に身を任せ、溶け込む事が必要な
のだ。そうに違いない。
「はーっはっはっ、お二人ともとっても歌がうまソーダ。なんちゃ
って」力任せに駄洒落を発し、勢いがあまって椅子をひっくり返し
て立ち上がった私は、正常に戻った時間の中で注目を集めていた。






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