第19回1000字小説バトル
Entry32
妻が新しい順に並べた冷蔵庫の卵を古い順に並べ替えるのが最近 の楽しみ。「中州」に住む長男の、今年5歳になるひとり娘のクー ちゃんが最近好んで食べるのが生卵かけご飯。 母親のクゥーちゃんは練りゴム工場のパートに出ていて、どうし ても残業で遅くなりそうな時は、妻がクーちゃんを保育園に迎えに 行くというわけ。今日も4時ごろに電話があった。 「工場長がしつこくって」 と云ってクゥーちゃんは熱い息を漏らした。パートとはいえ外で 働いて、少しでも家計の足しにしようというクゥーちゃんの心意気 に頭が下がる。「栗子のお迎えお願いします。いつもすみません」 と云うので「お安い御用。らじゃー」と答えた。 妻がクーちゃんを迎えに行っている間に、こちらは冷蔵庫の卵を 並べ替える。3年前に脳を患って以来、何かに集中すると手が震え るようになった。落とさないように、ひとつずつ丁寧に並べ替える。 ちょうど並べ終わったところで妻とクーちゃんが帰ってきた。急い で書斎に戻り、ソファーに長々と横たわる。 「さあ、新鮮な卵よ」 と云って妻がクーちゃんに生卵かけご飯を作ってあげる。クーち ゃん喜んで食べている。ソファーに横になって目をつむり、そんな 光景を思い描くのが楽しみ。 昼寝の夢のなかに蛇が出てきた。昔からよく蛇の夢を見る。蛇に 追い掛けられ、いよいよ首に巻き付かれた、というところではっと 目が覚める。今日の夢も同じだった。しかし今日は、はっと目が覚 めたらちょうど出掛ける時間だったので助かった。蛇に助けられた のは生まれて初めて。嬉しい気分で出掛ける。 佐川と待ち合わせて西船橋の劇場へ。50年来の友人である佐川 の娘、葉子ちゃんが出演するステージを観る。相変わらず動きに切 れがあって気持ちのいいステージだった。 「特に黒人との絡みは迫力があったね」 と云って佐川と喜ぶ。 帰りの電車は混雑していた。読書もうたた寝もできない。仕方な い。紙袋に仕込んでおいた小型カメラで女子高生を盗撮。こういう 時だけは手の震えがぴったり止まるから不思議。 駅からの帰り道、ビデオの再生装置がある「中州」へ寄って長男 に画像を編集してもらう。 「これ、僕のHPに載せてもいいですか」 と云うので、「好きなだけどうぞ」と答えると長男喜ぶ。 帰りがけにクゥーちゃんから保育園のお迎えのお礼に梅干しを頂 く。クゥーちゃんは紀州の生まれ。ご両親は今も健在で廃品回収業 を営んでおられる。
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