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第20回1000字小説バトル
Entry11

痛めた羽の癒ゆるとき

作者 : 羽倉諒
Website : http://www.net-ibaraki.ne.jp/ventulus/index.html
文字数 : 781
 飛び立たねばならん。おまえは空を見上げたのだ。
 鉛の玉も、嵐も、おまえに向かってはいなかった。火薬の匂いを
嗅ぐこともなく、汚れた呪詛を耳にすることもなく、おまえの翼は
折れたのだ。世界に、それがあるというだけで。
 片羽でやっと降り立った。異臭の漂う沼の畔へと。亡者が足をつ
かみ、呪いと幻で引きずり込もうとうごめいている。心は病み、だ
んだん臭いも気にならなくなってくる。当たり前になるのだ。
 白い羽は、一枚一枚散ってゆく。折れた箇所から、あまたの希望
が落ちていく。泥につかり、美しかった翼は影もない。抜け落ち、
溶かされ、空を舞う夢をあきらめる。
 もう、自分は飛べないのだ。そう言い聞かせて、やっと飛ばない
理由を見つけだす。
 気づけ。早く気づくのだ。地中深く、墓場の中へ落ち込むつもり
か。死人は寂しくて仕方がない。死者は生あるものを憎む。死した
る者は生ける者を殺そうとするのだ。
 彼らはおまえの翼をむしり取る。人間は誰も飛べないのだとおま
えに言い聞かせる。飛んでいるつもりの者達に気づかせようと誘う
のだ。羽を唾液で汚れさせ、汚れた指で引き抜くのだ。飛べない自
分を認めるために。
 おまえにはまだ羽がある。おまえの傷はもう癒えた。飛ばない理
由はおまえの意志だ。飛べないから飛ばないのではない。おまえは、
飛びたくないのだ。異臭はいつしか香りとなり、泥も今では聖水の
ようにさえ見える。
 思い出すのだ。あれほど綺麗に天を舞ったおまえが、今度は狩人
になるというのか。月を思い、星の光に馳せた心もなくしたか。真
実の輝きは揺らぎ、虚偽の金箔に目を奪われたのか。おまえはもう、
おまえではなくなったのか。泥の中で作り替えられてしまったのか。
私に夢を見せてくれたおまえが、もういないというのか。
 嘘だ。おまえはまだそこにいる。おまえはまだ生きている。
 だったらなんで、空など見上げたのだ!






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