第20回1000字小説バトル
Entry16
彼はクリスマスに別れた妻と1歳の赤ん坊に会いにやって来た。 別れるときにクリスマスぐらいは会いましょうと彼女は提案し彼も 同意した。なぜクリスマスにしたのか彼にはわからなかったがその 約束を心の片隅にしっかりと保持していた。 街に漂うクリスマスの空気が色濃くなるにつれて彼の気持ちはぎ こちないものになっていった。そして今日が別れてから最初のクリ スマスとなった。 何日か前に彼が連絡をすると、5時に会社の友だちが来るから昼 頃に来て欲しいと言った。昼間のクリスマスというのはどこか変だ な、と彼は思った。実際、玄関の前に立つと本当に場違いなところ に来てしまったような気もしたが、一呼吸置いてからインターホン に手を伸ばした。 玄関が開くと彼は彼女の顔をちらっと見て、細い指先に目線をや り、もう一度顔を上げうっすらと笑みを浮かべ、包装紙にくるまれ たプレゼントを渡した。 彼はソファーにまるで風船に尻を着くかのように慎重に座り、目 の前のこたつの上にある灰皿に視線を向け手に取った。吸殻は10 本近くあり、死んだ雪のような灰がまばらに積もっていた。男は吸 殻をしげしげと眺めた。銘柄は少なくとも2種類あった。それから 彼はおもむろに煙草を取り出し火を付けた。大きく3回吸って灰皿 に新たな煙草を加え、立ち上る煙につられるかのように目線をゆっ くりと上げ辺りを見渡した。今までそうすることにためらいを感じ ていたかのようによそよそしく。カレンダーやら掛け時計やらテレ ビの上にある人形やらに目を配ってまた視線を落としたりしている と、彼女が来て彼の隣に座った。彼は再び煙草を取り出し火を付け た。 それから彼らは他愛のない会話をした。話題を変えるのは彼女の 役目だった。彼女は昔のことを話題には出さないようにし、彼は彼 女の話に軽く相槌ち、必要に応じて返答した。 最近買った服に話題が移ると、赤ん坊の泣き声が何かの合図のよ うに聞こえてきた。 彼女は立ち上がると泣き声のする方に吸い寄せられるように向か った。彼も当然のように彼女に付いて行った。 彼女は小さなベットの中で泣いている赤ん坊を抱き上げると、い かにも馴れた手付きであやした。そんな姿を彼はズボンのポケット に手を突っ込んで見ていた。赤ん坊の泣き声が弱まると、ミルクを 作るからこの子を抱いていて、と彼女は言った。 彼は口を閉ざしたままポケットの中にある何かを握った。けどそ れは役に立ちそうもないものだった。
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