第20回1000字小説バトル
Entry22
海軍予備学生隊の同期生である宇田川の祝勝会に妻と二人で出席 した。帰りに、観音様の裏手にある「アイアイ」でひと休みする。 この純喫茶には浅草全盛期の面影が残っていて、寛げる。いつもの ようにミルクセーキ(妻はビール)を飲みながら吉原通いをしてい た頃を思い出す。 「私の嫁入り道具を質に入れてまで」 と云って妻も懐かしそうに目を細める。 それにしても宇田川は大したものだ。前回の選挙では惜しくも落 選したが、今回は現職の大臣を破っての当選である。八十近いお爺 さんがあんなにも活き活きしているとこちらまで嬉しくなる。3年 前に脳を患って以来パーティーの類はすべて遠慮させてもらってい るが、今日は出席して本当によかった。妻も「宇田川さん、本当に 嬉しそうでした」と喜ぶ。 家に帰ると長女から手紙が届いていた。 「ハイケイ、お手柄山からこんにちは。先日は結婚18周年のお祝 いに高級スキン『うすうす』を3ダースもいただき、本当にありが とうございました。せっかくだから、寝室はもちろん、お風呂場ト イレ玄関口など父さんが通る場所に撒いておいたのだけど、ちっと も構ってくれないの。仕方ないから生肉を詰めてスモークしたのを 子供たちに食べさせました。さすが『うすうす』、みんなおいしい おいしいと大喜び。父さんも『艶子は頓智が利くなあ。お手柄お手 柄』と手を叩いています。 お手柄と言えば卓也(註:長女のところの長男で上野にあるパチ ンコ店に住み込みで働いている)のお手柄話。この前の選挙で、卓 也の住んでる選挙区から出た宇田川って奴が、選挙中に自分の名前 入りのテレフォンカードを配っていたらしいの。お店のキムさんか らの情報なんだけど、さっそく卓也が昨日選管にチクったそうです。 なんでも選挙中は『今度こそ、今度こそ』ってやたらと連呼してい て、うるさくて、みんな頭に来ていたらしいの。今度こそ息の根を 止めてやる、って卓也息巻いてました。そのうち新聞に載るかもし れません。お手柄お手柄」 お手柄山で大きくなった卓也が立派なお手柄青年に育った。根っ からのお手柄少女だった長女もさぞかし喜んでいることだろう。す ぐに電話して、宇田川が海軍時代に軍属を虐待していたことを教え てやる。うまくいけば新聞記事に間に合うかもしれない。宇田川か らもらった記念のテレフォンカードは「宇田川」の文字をマジック で消して使えばいい。 「万事うまくいった」 と妻と二人で喜ぶ。
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