第20回1000字小説バトル
Entry26
鏡の私にはどうやら怠け癖があるみたいで、そのことで、私はず っと悩んでいる。鏡の中の私は、こっち側の私より、ちょっとだけ 動きが遅れるのだ。私が口紅を塗り終わってもまだ、鏡の私は塗っ ている最中だなんてこともあるし、また、私がまばたきを終えてか らようやく、鏡の私がまばたきをはじめるなんてこともある。そん なのはまだいいほうで、ひどいときには、鏡の私はまるで動こうと もしない。そういうときは、本当に腹が立つ。 ただ、鏡の私はどうやら人の目は気にするらしく、私以外の人間 が見ているときは、わりとがんばって私の動きについてくる。それ でも私にはちょっとだけ遅れていることが分かるのだが、その遅れ はほんのわずかなので、ほかの人が見てもまるで気付かない。 そのことで姉に相談してみることもあるけれど、まるで取り合っ てくれない。鏡の私も姉の前ではがんばるものだから、証拠を見せ られないのがもどかしい。「鏡の中のお姉ちゃんは遅れずに同じ動 きする?」と訊ねると、「そんなの当たり前じゃない」と姉は答え る。 その当たり前のことが、鏡の私にはできないのだ。 私だってわりとだらだらしてるところがあって、それだから鏡の 私もこんな怠け者になってしまったのかもしれないけど、だからと いっていつまでも我慢していられるわけではない。 「ねえ、カガミ」と私はつぶやく。「お願いだから、私しか見てな いときも怠けないでくれないかな。せめて、動かないのだけはかん べんして」 鏡の私は、めんどくさそうに私の口の動きをまねた。 いっこうによくなる気配のない鏡の私に業を煮やした私は、思い 切って無視してみることにした。髪をセットするときも、歯を磨く ときも、けっして鏡は見ない。たとえ見たとしても、見なかったフ リをする。私が本当に腹を立てていることを、分からせてやらない といけないのだ。 一週間がたち、そろそろいいだろうと思って、私は鏡の前に腰を 下ろし真正面から向き合った。ひさびさに私と目を合わせるだけあ って、鏡の私はちょっぴり表情が硬い。 引出しから口紅を取り出して、唇にあてる。鏡の私も慌ててその 動きをまねる。私が口紅を動かすと、遅れずそれについてくる。次 第に私のほうが遅れているような気がしてくる。そして鏡の私は、 まだ塗っている最中の私を置いて、はやばやと口紅を塗り終えてし まった。 ねえカガミ、と私は思う。早ければいいってものじゃないんだか ら。
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