第20回1000字小説バトル
Entry29
天気のよい空の青い青いある日、太陽の光を浴びながらぱらぱら と落ちてくる雨を「きつねの嫁入り」と彼は呼んだ。すれ違う人た ちが舌打ちして走りだしても、わたしたちはそこに立ちどまって空 を見上げていた。 ばかしあいなんだね。 手のひらで太陽光をさえぎりながらわたしが小さく笑うと、彼は 黙ったままつないだ手に力をこめた。 わたしたちは近くの店先に飛び込みもせず、走りだしもせず、手 をつないだまま雨にぬれて立っていた。やわらかな細い雨が、わた したちふたりを囲う現実を洗い流してくれると信じるように。 天気のよい青い青い空を、銀色の飛行機が横切ってゆくのが見え た。飛行機は雲を引いてまっぷたつに空を裂いた。ふたつに裂かれ た空から落ちる雨は針のように細くて痛くて涙みたいで、わたしは 額から手をおろしながら、もうよそうよとつぶやいた。 彼はなにも言わなかった。ただ、強張ったようにわたしの手をに ぎり、黙ったまま、まるで稚魚を放流するみたいにゆっくりゆっく りと力をゆるめて離れていった。 わたしは、わたしの手の中からいなくなった彼の右手が、彼のぬ くもりが、消えてなくなっていくのを感じながら、失った温かさを おぎなうために、自分の体温をしっかりにぎって、なにもかも、消 えてなくなれ、と祈った。 わたしたちにはいつも少しだけ先が見えていた。親を傷つけたり 好奇のまなざしを向けられても、わたしたちはいっしょにいたいと 願った。 けれど月も星もないまっくらな夜道をわたしたちを追いかけてき た母が、あなたたちは子どもを産んではいけないのよ、とヒステリ ックに叫んだとき、わたしは少し先だけでなくわたしたちのずっと 先も閉じてしまっていたのだと気づいて、子どもなんていりません から、としぼり出すように返した彼もそれを知っているのだと気づ いて、どうしてわたしたちはお父さんの子なんだろうと思った。ど うしてわたしたちは、わたしたちなんだろう。 空は青くて、少しかすんでいて青くて、その下をわたしたちはひ とりずつ離れて歩いた。どうしてとかなぜとかをたくさん口にして きたけれど、今もそう思うけれど、わたしはわたしでは決してない 誰かとの彼の幸せを祈ることができると思っていた。 前を歩いていた彼の足が止まって振り返る。目が合ってすぐにそ らした彼の唇が動いて、わたしはからっぽの手をぎゅっとにぎった。 しあわせに。 きつねの嫁入りがはじまる。
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