第20回1000字小説バトル
Entry3
「いいか、最後まで何も考えるんじゃないぞ!」いつものようにコ ーチが言った。 俺は今までどおり無心でスタート台に立ち、スターターの合図と ともに決勝のプールに飛び込んだ。 いつもなら、このまま100メートルを泳ぎ切るのだが、オリン ピックの決勝ともなると勝手が違う。俺が国内で敵無しと言われオ リンピックにまで出場できたのは、身に着けている新素材のおかげ なのだ。今日ばかりは、それを考えずにはいられない。 マグロの皮で作られた競泳パンツは、水の抵抗を極限まで減らし、 トビウオの翼で作ったキャップは頭が水から出る際に揚力を生み出 し体を前へと引っ張ってくれる。 50メートルのターンを当然のように1番に終えた俺は、なおも 考え続けた。 これまで、いろんな素材を試してきた。しかし化学繊維の限界を 超えられたのは、この動物性素材だけだった。 そうか!結局、人間がいくら知恵を絞ったところで自然には勝て ないということか! 今更のようにそれに気づいた時、急に目の前がモヤにつつまれ俺 はコースを逸脱していた。白魚のウロコから作ったコンタクトレン ズが落ちてしまったのだ。 だからコーチは何も考えるなと言ったのだ。『目からウロコが落 ちる』ことを恐れていたのだ。
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