第20回1000字小説バトル
Entry8
「ねぇ、父さん。あたし前世は魚だったと思うの」 ザザン、ザザンと寄せては返す波をみつめたまま、娘が言った。 一面の美しい瑠璃色。空と海の境界線がどこであるかさえ、分か らない。広く、鮮やかに、どこまでも、どこまでも、続いている。 「きっと、そうよ。あたしは知っているの。太陽が注いで、宝石み たいに光る水面も、体を包む水の優しさも」 そうか、と私は微笑む。一匹の魚が泳ぐ様が、目に浮かんで、 消えた。 「私は、海藻だったかもしれないな。緑の両手で、お前を包んで いたんだ。傷つかないように、安心して眠れるように」 娘が、くるりと振り返った。赤いワンピースが、花びらみたいに 揺れる。彼女は顔を上げると、大きな両目で私を映した。 「私はね、生まれてきたお前を見た時、ひどく懐かしい気がしたん だ。こんな話は、おかしいかい?でもね、確かに”何か”を感じた」 「生まれてきたあたしに、父さんは何て言葉をかけたの?」 瞳に私を映したまま、娘が訊いた。 「ん?お帰りっていったのさ」 「お帰りかぁ・・・」 彼女は口元に笑みを浮かべると、海へと歩を進めた。 ザザン、ザン。 波は大きくうねると、途中で砕けて音をたてた。その後で、細か く白い泡が、浜へ押し寄せる。 私も、歩き出す。象牙色の砂が、素足にまとわりつく。ほんの少 し、熱い。 「海って、不思議ね」 −そうだね。多分海だけが全てをしっているんだ。 ザザン、ザン。ひとつ、またひとつ、止まる事なく、音を刻む。 それは、時代をこえて響いていく。
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