第20回1000字小説バトル
Entry9
深夜、アパートの一室で男と女が二人きり、マリファナを吸って いた。男は初めてだった。それを部屋に持ち込んだ女に習い、ぎこ ちない手つきで銀紙のパイプを作る。二人とも、服を着ていなかっ た。先に吸い込んでキマっている女がゲラゲラと笑いながら、ヘル ペスの話をしている。 「それって性病だろ?」と男が言うと「違うよ、発疹がカラダを一 周すると、死んじゃうんだよ」と答えながら女は腹を捩らせる。 「そんなハナシ聞いたことねぇよ…ック、ク、クゥッハハハハハッ アハッハハハァアッハハハッッ!」 「でしょ? オカシイでしょ? ヘルペスってコワイでしょ?クッ ククククッ」 「なっなっなったコトあんのか? ッハハハハハ」 「クックッッ…あ…あるワケないでしょ…ックッククク」 二人は涙を流しながら十分以上笑い続けた。 「なぁ、外出ようぜ」男が言った。 「ハダカの、まま?」 「うん、このまま…裸族ッフフフフフ」 「ラゾク? ッククククク」 先に立ち上がったのは、女の方だった。ドアを開け、裸足のまま、 外へ出る。男は振り返った女と眼があった。しばしの沈黙。男は部 屋へ戻った。ドアノブを両手で押さえる。女は中へ入ろうと外から ドアノブを回す。男が覗き穴から女の様子を窺う。女は笑いながら、 しかし必死に中へ入ろうとしている。同じように笑みを浮かべなが ら男は、背後で見つめているもう一人の自分を意識した。抵抗が止 み、裸足の足音が遠ざかる。穴の上に眉を押しあてたままの格好で、 男は急ブレーキの音を聞いた。 男は外へ走った。ドイツ製の高級車、ヘッドライトに照らされる 女の白い躯が横たわっている。男が駆け寄ると、運転席から毛皮を 着た中年女性が姿を現わした。女を抱き起こそうとしている裸の男 を呆然と眺めている。 男が名前を呼ぶと、女は薄眼を開けた。喉の奥から笑い声を漏ら す。男は女を抱え上げ、毛皮の女性を一瞥して部屋へ戻った。毛皮 の襟を合わせながら、中年女性は何か声を掛けようとしたが、諦め て、ヒーターの効いた車内へと戻った。 男は女をベッドへ寝かせた。女は既に寝息を立てている。表情に は微笑が浮かんでいた。すぐ横に腰を下ろし、男は女の寝顔を見つ めた。視線を外し、両手で顔を覆い、深い深い溜め息をついた。眉 間に、深い皺が浮かんだ。手を顔から外し、柔らかな女の顎の下を 二本の親指で撫で、その他の指を女のうなじの上で番わせた。 そして、ゆっくりと、力をこめていった。
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