第21回1000字小説バトル
Entry10
窓を少し開けておいたせいか、風呂場のタイルはひんやりと湿っ ぽく足の裏に張り付いた。一体どのくらい居るのであろうか、窓の 向こう側では、鈴虫の鳴声が重なり合い、単調な音となって響いて いて、彼らの居場所は定かで無い。浴槽のプラスチック製の蓋の上 に体重をかけぬよう、軽く左足を置き、前に乗り出して窓を大きく 開け、外を覗き見たが、見えたのは家の周りを固めた灰色に汚れた コンクリートと、そこから先へ続く草が伸び放題になった暗い庭だ けであった。何時もと寸分違わぬ庭にがっかりし、所在の知れない 鈴虫達に少しの恐怖を覚え、窓を半分しめた。 タイルの上へと戻 り、水流の強いシャワーを頭から浴びた。水が規則正しく弾き出さ れる音が私の耳を塞ぎ、瞳が流されぬよう瞼は強く閉じられた。水 のカーテンに包まれた真っ暗な私という部屋にも風呂場の物と良く 似た半分開いた窓があった。窓の外からは、何の音も聞こえてはこ なかったが、何かがひっそりと静かに動いていることが空気の振動 で分った。振動が止み、気配が消え、その何かはゆっくりと休んで いるかのようであった。息を深く吐き出すと同時に、開かれた窓の 下側の桟の角に光沢のある丸いボタンの様な物が現れた。良く眼を 凝らして見るとそれは銃口であった。重々しく黒光りする銃口をボ タンと見間違えるとは、と視力低下を悲しめたのはほんの一刹那で あり、瞬く間に恐怖に支配された。逃げ出せば良いのだろうが、シ ャワーを握り、体に水を当て続けなければならないという、自分自 身へ課した暗示的な義務によってシャワーを放すことが出来ない鋭 い。恐怖によって重たく沈んだ心臓が声すらたてさせてはくれなか った。破壊的な銃声と共に、私の腹という部屋に風通しの良い窓が 出来た。その窓は開ききっていたが、部屋の中の様子は全く分から ない。中の空気に触れてみようと、恐る恐る手を入れてみると、湿 度の高い生温かい空気が纏わり付いた。顔を窓の中へ入れてみると 中は夕暮れ時ほどの薄明るさがあり、墨色と灰色のみの色調であっ たが、部屋は広く、黒い敷物が敷いてあることが分った。私は、思 い切って窓枠に手をかけ、中へと入った。足元で何か動く物がある ので、屈み込んで確認した。鈴虫であった。黒い敷物だと思い込ん でいた物はすべて鈴虫であった。何百何千という鈴虫。一斉に鳴き 始め、鈴虫の敷物が私を包んだ。 シャワーの勢いは弱まっておらず、私の脛を水が叩き続けていた。 シャワーを止め、風呂場から出てドアを閉めようとしたが、もう一 度風呂場へ戻り、半分開いたままの窓を閉めた。
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