インディーズバトルマガジン QBOOKS

第21回1000字小説バトル
Entry19

正月すぎの餅

作者 : 海坂他人
Website :
文字数 : 1000
 餅のかけらが、半分のどに引っかかったのは一瞬のことであった
が、よし子はしばらく口が利けなかった。
 ほっと一息ついて、母に、
「掃除機で吸い取ってもらうところだったわ」
と話すと、
「嫌あねえ……私は見捨てるわよ。『若いのに、餅を引っかけて亡
くなられたんですって』なんて云われるんだから」
と笑うのだった。
 小正月を過ぎても、田舎から来た餅は未だだいぶ残っていて、母
は時々水に浸して戻してはあんこ餅にするのだが、父や弟には食べ
させず、自分一人か、よし子と二人だけの食卓に出した。
「残り物だから。」という意識が、母の自然に身についているもの
のように思われるし、また男のひとの味覚は甘みを好まないらしい
と云うのも確かなことである。
 去年まで喜んであんこ餅をお代りしていた弟が、今年は一椀で止
したのも、大人の男になったのかと思うと、よし子は何か寂しくも
あった。
 今晩は父は役所の宴会で晩く、大学生の弟は音楽仲間の家に泊る
と言い置いて行った。
 よし子は自分が高校の時、友だちの家で少し晩くなっただけで、
わざわざその家まで電話された事など思い出し、また、今の自分の
境遇――二十七にもなって恋人もなく、母校の講師でわずかな資を
得ながら、実家にいる――なぞを思い合わせるのだった。
「あと五十年後だったら、本当にあのままになっていたかも知れな
いわ……そうすると、一生のことを全部、一ぺんに見るの。五十年
前は大丈夫だったのにって、今日の事も思い出すわ」
「走馬燈のようにね……お祖父さんも、そういうものを見たのかし
ら」
 母は、ふと、沁みじみと云った。
 よし子の祖父が病死したのは去年の十一月末で、つい三日前に四
十九日が終わっていた。
「今になってみると、生きてる内にもっと優しくして上げるんだっ
たと後悔するような気持ちになるわね……人間って勝手なものよね
え」
 よし子は何とも言えなかった。
 先刻、よし子は餅をのどに詰まらせて死ぬ、五十年後の老いたる
自分を、幻視したのであった。勿論、母も父も死んでからの事だ。
そこには子供も、孫も現れては来なかった。一人で正月の餅を食い、
一人で誰にも看取られずに死ぬのである。
 しかし、正月に餅を食っているからには、曲りなりにも自活して
いると云うことで、それはよし子にとって決して恐怖ではなかった。
むしろ「かくありたい。」とすら、思うのであった。
 よし子は黙って、残った餅を、注意深くちぎり分けた。






インディーズバトルマガジン QBOOKS
◆QBOOKSに掲載の記事・写真・作品・画像等の無断転載を禁止します。
◆投稿された各作品・画像等の著作権は、それぞれの作者に帰属します。出版権はQBOOKSのQ書房が優先するものとします。
◆リンク類は編集上予告なくはずす場合がありますのでご了承ください。