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第21回1000字小説バトル
Entry20

生まれたての陽の光と夜を越えてやってきた風

作者 : 伊勢 湊
Website :
文字数 : 1000
「あっ、アキちゃん!お父さんだけど…」
 外国人旅行社向けのゲストハウス、玄関脇に置かれた公衆電話か
ら流暢な日本語で、ただ一目会うことすらままならない娘に話し掛
けるジョンの背中は、大きく無骨ではあったけれど、どこかやりき
れない寂しさを漂わせていた。

 自分の体をすり金ですり下ろすようなCM業界でのサラリーマン
生活から抜け出し、切れたトカゲのしっぽが再び生えるのを待つか
のように、外国人旅行社なんかが利用する安い宿泊施設で管理人と
して住み込みで働いていたときに、ジョンはその中でも一番安い相
部屋にやってきた。
 ジョンは四十代半ばでいつも陽気で体の大きなアメリカ人で国で
は大工をやってるという。日本語を流暢に話すジョンに僕は興味を
持った。話を聞くと日本に八年前に別れた奥さんと十四歳になる娘
さんがいるらしい。法律の関係とかで別れた奥さんはおろか娘さん
にもなかなか会わせて貰えないが、ためたお金で日本に来てはなん
とか娘に会ったり、ずっと日本に居れるように仕事を探したりする
という。
「仕事があれば日本に住めるし、もっと娘とも会える。娘と話すた
めにアメリカにいるときもずっと日本語の勉強してきたしね」
ジョンはそう言って屈託なく笑う。でも、そうやって日本に来るの
は奥さんと別れて四回目だという。四十の過ぎた、特別に学のある
わけではない外国人がこの国で職を見付けるのは正直いってかなり
難しい。

「アキちゃん、お父さん明日またアメリカに行かないといけないん
だ」
 玄関脇の公衆電話でジョンは背中を丸めて話す。やはり残念なが
ら一ヶ月の間に仕事は見つからなかった。
「明日の飛行機は早いから…うん、お父さんも会いたいけど、無茶
するとまたお母さんにアキちゃんが怒られちゃうし…大丈夫、また
すぐ来るから、絶対に」
そのとき電話がテレホンカードの度数が切れるアラームを鳴らした。
僕は思わず電話に駆け寄り自分のテレホンカードを差し込んだ。

 何年ぶりだろうか?次の朝、僕は早起きをした。少し寒かったけ
どカーテンを開け、窓から身を乗り出した。そして寝ているみんな
を起こすまいと静かに玄関から出てきたジョンに大きな声で呼び掛
けた。
「まったく、君は…でも、わるくないね、ほんとに…ほんとに、あ
りがとう」
ジョンが親指を立てて、僕も立てた。生まれたての陽の光と夜を越
えてやってきた風が僕の部屋に流れ込んだ。まったくだ、ぜんぜん
わるくない、わるくない。






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