第21回1000字小説バトル
Entry21
目を覚ましたのは夜明け前だった。昨夜、バーで息投合した女の マンション。まだ頭はぼんやりとしているが、もう一度眠る気にも なれない。ベッドを出て煙草を探す。暗い上、他人の家は勝手がわ からない。ようやく火をつけ、時計を確かめる。始発電車が動き始 めるまで、なんとか時間を潰さねばなるまい。女はぐっすりと眠り 込んでいる。CDを聴くのは躊躇われた。ヴォリュームを絞って、 ビデオでも観るか。薄闇の中、ビデオ・ラックに目を凝らしてタイ トルを追う。1列目には録り溜めておいたのだろう、最近の連続ド ラマが並ぶ。何本かを抜き取り、後ろの列のテープを適当に探ると、 音楽関係のビデオがいくつか出てきた。そのうちの1本に、釘付け になる。 おい、と思わず声を出しそうになった。胸の奥から、切ないよう な、わくわくするような思いが込み上げてくる。見間違うはずもな い。2年も前に解散した、俺たちのバンドのライブ・ビデオ。あの 巨大ドームを3日間満席にした、伝説のライブだ。 「起きてたの?」 女が目を覚ます。 「知ってたのか?」 彼女はそれに答えず、キッチンに立った。 「俺とわかってて、誘ったのか?」 彼女が微かに頷く。 「ずっとあなただけを見ていたのよ。あなたはいつもきれいな女た ちに囲まれて幸せそうだったわね」 「ひょっとして、追っかけだった1人か?」 「あなたは目も合わせてくれなかったけど、それでも楽しかった」 当時は、女なんて取り巻きの中から選び放題だった。無論、とび きりの美女しか相手にしなかった。それですら、いちいち顔も覚え ちゃいない。狂乱のライブと馬鹿騒ぎの夜の繰り返し。数年前まで は、手を伸ばすまでもなく、たいていの物は向うから懐に飛び込ん できたものだ。 あの頃は…… 「毎日がパーティみたいだった」 俺の心を見透かしたように彼女が言った。俺たちにとっても、フ ァンにとっても、それは期限の約束されたパーティに他ならなかっ た。 そして、俺が栄光の日々の貯金を食い潰している間にも、少女は 成長し、こじゃれたマンションで自活するまでになったのだ。 「夜明けの前は一番暗いって、誰かが言ってたわね」 彼女はバーボンのロック・グラスを俺に手渡す。強い酒が飲みた いところだった。 最高の女だな。そう言いかけて、口を噤んだ。気障なセリフは、 こんな時間に似つかわしくない。 もう一眠りさせてもらうか。飲み干して、俺は呟く。 「まだ終わっちゃいないさ」
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