第21回1000字小説バトル
Entry7
銃弾が彼女の左胸を捕らえたと僕は感触した。 彼女は冷たいコンクリの上にうつ伏すように倒れたまま動かない。 乱れた黒髪が色白な顔にかかり、肉薄な口唇や瞼の前を覆っている。 ロシア船の乗組員から買った一丁のトカレフ銃。引き金に指を置 いただけで作動してしまうこの銃のマガジンには、弾丸がまだ七発 眠っている。 銃声はこの地下鉄の入り口から改札まで響いたはずだ。いずれ誰 かが通報するだろう。僕は彼女の側に立ち、ただ彼女の事を見つめ た。 彼女への想いを永遠にする方法として僕が選んだのは、愛する人 を殺して僕もその後を追う事だった。彼女の微笑みは僕にだけ向け られているものであって欲しかった。彼女の言葉は僕にだけ聞こえ ていて欲しかった。僕は僕自身の時を止めて、僕の持つ彼女の記憶 と一つになる事を願ったのだ。 俄かに地上が騒がしくなっていた。僕は彼女の亡骸から離れ、ト カレフの銃口を自分の米神へと向けた。 一瞬、自分の死に恐怖が過ぎった。人間としての本能が僕を押し 留めようとしていた。僕は彼女の姿に目を落し、その恐怖を吹き飛 ばした。そして微笑むように顔を歪ませ、再び死を待ち焦がれた。 警官が三人現われた。彼らは僕の足元にいる彼女に先ず目をやり、 そして僕には緊張した目線を向けた。僕は一度彼らに銃口を向けた。 彼らはすぐに身構えたが、僕は銃口を再び米神に戻した。警官達の 緊張が手に取るように分かった。そして僕は人差指をゆっくりと引 き金にあてた。 …しかし、弾は発射されなかった。 彼女を撃った時には滑らかだった引き金が全く動かない。どうい うことだ? 僕は何度も力を込めてみたが引き金はびくともしない。 ふざけやがって! ソ連製の出来損ないめ! 僕はいかれたトカレ フを力の限り床に叩き付けた。 その時、一発の銃弾が火薬の爆音と共に飛び出し、警官の一人の 足をかすめた。そして次の瞬間には残る二人の警官が僕の身体を押 えにかかっていた。 馬鹿、やめろ。僕はお前らに捕まりたくて彼女を撃った訳じゃな い。僕は押さえられた手足を必死に抵抗させた。 お願いだ、僕を、僕を死なせて、くれ。 いやだ。彼女の記憶を抱えてまだ生きなければいけないなんて、 そんなのはいやだ。 背中越しに手錠を掛けられて、口の中に布を詰められた僕は身体 を床に押さえつけられた。その僕の目に遠くで横たわるトカレフの 銃口が、僕を見て嘲笑っているように映った。
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