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第22回1000字小説バトル
Entry1

さよなら

作者 : 叙朱
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文字数 : 997
 僕たちを乗せたバスは小さな温泉街にはいった。
 夏の行楽シーズンだというのに閑散としている。まるで海辺の
喧噪からは取り残されたような川沿いの小さな集落だった。
「ここで降りよう」
 ぼくは章子にささやいた。
 バス停のすぐ前に小さな案内所があり、日焼けした中年女がひ
とりでテレビを見ていた。色落ちした看板の文字はなんとか「観
光案内所」と読める。
「ごめんください。旅館を紹介してもらえませんか」
「はいはい」中年女は素早く僕たちの身なりを一瞥した。
「ご予算は?」
「安いところをお願いします」
 章子が間髪入れずに答える。
「はいはい」中年女は電話を取り上げた。「1泊ですよね」
「ええ」

「あ、花火だよ」
 僕の肩を章子がつつく。
 店先に花火が置いてあった。売れ残りなのだろう。ビニール袋
に入った花火の束は歪んでしわになっていた。
「ね、ね、花火しよう」
 章子がせがんだ。今にも花火を手にとりそうだ。
「だめだよ。これじゃ、しっけちゃって火がつかないよ」
 花火からも章子からも視線を避けて、ぼくは頭を振った。
「でもさ、この花火、私たちみたいじゃない? しおれて、疲れ
て、絶望的で……」

「お客さん、宿が取れましたよ」
 中年女が地図をくれた。章子はまだ花火に未練がありそうだ。
「お客さん、その花火を持っていっていいよ。もっとも使いもの
になるかどうか、わからんけどね」
「え、あ、ありがとう」
 章子は飛び上がって喜んだ。

 そんなもの貰ったってしょうがないのに……。
 ぼくは地図を片手にさっさと歩き出す。
「ああ、嬉しい。なんだか私たちみたいだもの、ね、ね」
 章子は愛おしそうにくしゃくしゃの花火パックを胸に抱いた。
 花火なんてぱっと輝くのはつかの間で、すぐにさよならなのに。

 でも……、とぼくは気づく。
 さっきまでは、ぼんやりと空気に溶けてしまいそうな章子だっ
たのに。それが今、坂道をくだる彼女の後ろ姿が、夕闇にはっき
りと弾んでいた。
 たったひとつかみの花火。
 つかの間の、花火の時間への期待。

「夕飯前に、花火もいいか」
「うん、楽しみ」

 僕はあっけなく、ほっとしていた。
 ほんの少しだけ、幕引きを先送りできたような気がして。
 でも、そうやってもう何回、日めくりをしてきたろう。
 まったく。

(了)






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