第22回1000字小説バトル
Entry10
朝起きてから彼女は全てのものに嫌悪感を覚えてみた。 完全に目覚める様に促す目覚まし時計も、風のない穏やかな空も澄 んだ空気も、小さな子供たちの笑い声さえも憎らしかった。 彼女の仕事は主に、銀色の物体を効率良く循環させることで、それ でも開いた扉の中身が充分潤っていることを確認すると、全てに嫌 気がさした。 彼女の気付いていること全てに気付きもしない若い男にも、髪の毛 をひとつで束ねた若い女にも。 彼女は全ての人が思うことがあるように 「わたしっておかしいわ。少し変だわ」 と、思わないこともなかったが、全ての人がそうであるように至っ て正常だった。 泣くなといわれて涙を止めることも出来なかったし、笑うなといわ れて笑いを止められないように。 お腹が空けばなにか食べ物を探すように。 目の前にあるものが実は自分の頭の中に投影されたものでしかない ことも、彼女の貧相な身体が血と骨と肉で出来ていることも、ちゃ んと知っていた。 彼女は時々、酷く幼い少女のようだったし、また、自分が誰だった のかも忘れてしまった人の様だった。 彼女の精神は分裂してはいなかったし、他の人たちと同じように、 彼女は全てが自分だということを知っていた。 それぞれをつくり出したのが自分であることも知っていた。 「人って多面体だから」 と、彼女はよく口にしていたが、自らつくり出したキャラクターを 完璧に演じ切ることに、エネルギーを注いでいた。 時々、自分はどれかひとつなのだと確信し、それがわからなくなっ て狼狽えているようだった。 彼女はまた、見知らぬ男たちとばかり交わりたがった。 「その方が後腐れなくてよいもの」 と、彼女はよく口にしていたが、実際はそうはしなかった。 全ての男たちに彼女自身の雌を曝すのを、非常に恐れていた。 愛についてよくこういっていた。 「そんな馬鹿げた感情をどうのこうのいうのは、愚かな人間だけよ。 愛って言葉を持ち出して、自分たちの性欲を正当化したいだけなの よ」 そのくせ、特定の男からの連絡を寝ないで待つような日を過ごした りしていた。 彼女は独りぼっちが嫌いだったが、自ら好んで独りになりたがった。 あぁ、マリー。 君には僕がみえない。 君の頭の中に巣食うこんなちっぽけな僕に、気付くはずがないんだ。 これだけ君のことを理解していても。 あぁ、僕のマリー。 僕の思考でさえ、君の一部でしかないんだ。 彼女は常人と狂人に境がないことも、もう、ずいぶん前から知って いた。
![]()
◆QBOOKSに掲載の記事・写真・作品・画像等の無断転載を禁止します。
◆投稿された各作品・画像等の著作権は、それぞれの作者に帰属します。出版権はQBOOKSのQ書房が優先するものとします。
◆リンク類は編集上予告なくはずす場合がありますのでご了承ください。