第22回1000字小説バトル
Entry12
「忘れちゃったことって、どこに行くの?」と、幼いころ、私はい ろんな人に訊ねていた。記憶をなくしてしまう、ということがすご く不思議だったのだ。きっとそれはどこかに落ちてたりしているは ずで、跡形もなく消えてしまうなんてことはないだろう、と思って いた。 「裏庭に埋まっとるわい」と祖父は言った。私の問いに明確な答え を出してくれたのは祖父だけだった。 その言葉を聞いて、私は家の裏庭をスコップで掘りまわし、さん ざん探した。だけど出てくるのはガラスの破片とか、ミミズとか、 そんなものばっかりだった。 そんな私の姿を見て母が「ヘンなこと教えないでくださいよ」と 祖父をたしなめると、「ウソなんかついとらんよ。ウソつきは天国 に行けんからな」と祖父は言ったものだ。 そして私はときどき、そのことをふと思い出しては、裏庭を掘る のだった。それは、小学校を卒業するぐらいまで続いた。 祖父が死んだのは、私が大学の二年生になったころのことだ。大 学に入ってから実家を離れた私はしぜん祖父との交流も少なくなっ たのだけど、代わりに手紙のやり取りをしていて、見せつけるよう に楽しい出来事を書き綴る祖父の手紙を見ては、その元気さに感心 すると同時に半ばあきれたものだった。 だから、祖父の死はあまりにも唐突で、まるで実感が湧かなかっ た。そんなのちっとも似合わないよ、と思った。 ぜったいに泣くまい、と決めていた。祖父が死ぬだなんて、まっ たく冗談みたいなものだから、笑いとばしてやればいい。だけど私 のその誓いは、祖父の面影なんてまるでなくなってしまった白いぼ ろぼろの骨を見て、もろくも崩れた。 葬式のあと、部屋にしまってあった古いスコップを取ってきて、 私は裏庭を掘りまわした。母の心配する声にも耳を傾けず、私はと にかく掘った。 真夜中になるまで続けたが、結局ろくなものは出てこなかった。 いいのだ、べつに期待なんてしてはいなかったから。 私は、掘り起こした土の中にスコップを置いて、丁寧にそれを埋 めた。さんざん裏庭を掘ったスコップだ。 祖父もこれで天国に行ける。本当に、思い出は裏庭に埋まってる んだから。と、そこで私は気がついた。裏庭に埋まっているべきは、 なくしてしまった思い出だ。スコップのことを私がすっかり忘れて しまわないと、祖父は天国に行けない。 枕元に立って、忘れろ忘れろ、と念じている祖父の姿を思い浮か べて、私はつい、笑ってしまった。
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