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第22回1000字小説バトル
Entry7

むくむくへの憧憬

作者 : 一之江
Website : 海へ行く家族(短篇集)
文字数 : 1000
 買い物帰りに、渓子は自販機で缶コーヒーを買った。缶の側面に
は小さなシール。10枚集めると『むくむく抱き枕プレゼント』に
応募できるシールだ。大事そうに手提げに入れた。
 何でそんなの欲しいんだよ、と夫は呆れ顔で渓子に訊いたものだ
った。渓子の目的は『むくむく抱き枕』だった。特に理由なんかな
いわよ、と渓子はぶっきら棒に答えた。気に入っちゃったんだから
仕方ないじゃない。
 家に戻ると、渓子は台所で缶コーヒーを飲んだ。家庭の主婦がこ
んなの飲むなんてね。おいしいコーヒーをいくらでも入れられるの
に。だけども。そう、夫だって協力して飲んでくれてるんだから。
げ、と最後にげっぷを一つ。
 電話が鳴った。
「奥様でいらっしゃいますか」と、受話器を取り上げてすぐに相手
はにこやかな声で言った。「キャンペーン期間のお知らせなんです
が」
 エステサロンのセールスだった。
「特に興味はありませんので」と、渓子は受話器を置こうとする。
「あら、顎のたるみとかございません?」
「……」
「まあ、スマートでいらっしゃいますのね」
 渓子は黙って受話器を下ろした。
 陽が傾いてきた。ベランダに出て、干していた布団をバンバンッ
と叩く。ふと見下ろすと、毛むくじゃらの犬を連れた若い女が軽快
な足取りで通り過ぎていった。艶やかな髪が風になびくさまについ
見とれる。
 布団を寝室に取り込むと、渓子はドレッサーに飾ってある写真に
目をとめた。結婚式のときの写真。マーメイドラインのウエディン
グドレスが、スレンダーな体型にお似合いだ、と友人の間でも好評
だった。その頃は本当にスマートだったのだ。
 鏡に映った自分の姿に冷ややかな視線を注いで溜息をつく。
 気にすることはないさ、と夫は頻りに言った。とにかく健康なん
だからさ。そんなこと言ったってあなた、と渓子は頬を少し膨らま
せた。何だい。言ったって言ったって、と渓子はただ繰り返して視
線を逸らした。
 渓子は台所に立った。夫の帰りはどうせまた真夜中だ。夕食を待
つのなら、その前に何かお腹に入れておきたい。こんな生活だから
自分は太ってしまうんだろうか。
 テーブルの上の空き缶が目にとまった。シールを剥がして台紙に
貼り付け、そこに載っている『むくむく抱き枕』の写真をじっと見
つめる。変梃な目鼻に変梃な体。だけどそれは、渓子の心を激しく
惹き付けたのだ。そっと指を寄せた。
 渓子の目にはそれが、夫の寝姿にそっくりに映っていた。






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