インディーズバトルマガジン QBOOKS

第22回1000字小説バトル
Entry9

彼岸花

作者 : さとう啓介
Website :
文字数 : 1000
 僕が東京に転勤してもうすぐ1年。

「高杉君、今度の土曜日、自分の代りに林先生の写真展に行ってく
れないかな」
髪の少ない部長が可愛そうだったので、すんなり「いいですよ」と
聞き入れてあげた。
「妻も一緒で」の了解も得、林先生の写真展に行くことになった。

 初春の土曜の昼下がり、久しぶりに妻と二人で表参道を歩く。
街路樹の根元には、まだ小さいがくっきりとした黄緑色の雑草が、
緩やかな傾斜の陽射しを受けて輝いている。
「あったかいわ」
「そうだね」
「林先生って、どんな人」
「若い女性で美人さ」
「私より?」
「……」僕は妻の手を握って、微笑みながら首を振った。
妻はほんのり、嬉しそうにはにかんだ。

 白い石の建物。
受付を済ませ中に入ると、薄い櫻色のシルクの壁にゆったりとした
スペースで写真が展示されていた。
妻はゆっくりと進みながら
「勝手に見てもいいかしら」
僕が軽くうなずくと、嬉しそうに奥へ進んだ。

 僕は一枚の写真に目をとめた。
『風の姿』とある。
 緑色の草の中、たくさんの黄緑色に光る茎が、手のひらでも広げ
た様な紅い花を右に左に揺らしている。
彼岸花。秋のお彼岸を中心に咲く紅い花。
可愛らしいもので、その年の夏が暑くても涼しくても決って花をつ
ける、そのしっかりとした茎が好き勝手に踊っている様な作品だ。

「あら、高杉さん」
優しい声に振り向くと、林先生が立っていた。
「こんにちは」
「ハゲから聞いてましたわ、高杉さんが来る事」
僕は照れ笑いを浮かべた。
林先生は、僕の瞳を見つめ微笑んでいる。
「あなた、お知り合いの方?」
妻が先生の後ろから声をかけてきたので、僕は簡単に妻を紹介する。
「お奇麗な方ですのね、高杉さんとお似合いですわ」
そう言って、先生は僕にウインクをし「ごゆっくり」と言い残して
別の来客へと行ってしまった。

 妻はゆったりとした瞳で
「ホントに美人な方、可愛く鼻毛が出ていたわ」
僕はそう言う妻を見て
「君も出ているよ」
「知ってるわ、でもあなたもよ」
妻は言うなり、僕の鼻毛をゆっくりと抜いた。
右目から涙が出たが、妻の優しさに触れられて僕は幸せだった。
 帰り際、妻は林先生のも抜いてあげた。
林先生もまた、妻の鼻毛を抜いてくれた。
そのやり取りは、とてもほのぼのとして僕の心に残る風景だった。

 表参道に出ると、妻が水色の空を見上げ
「楽しいわ東京って、鼻毛がすぐ伸びるんですもの」
妻は左の頬を彼岸花の様に紅く染め、可愛い顔をして言っていた。






インディーズバトルマガジン QBOOKS
◆QBOOKSに掲載の記事・写真・作品・画像等の無断転載を禁止します。
◆投稿された各作品・画像等の著作権は、それぞれの作者に帰属します。出版権はQBOOKSのQ書房が優先するものとします。
◆リンク類は編集上予告なくはずす場合がありますのでご了承ください。