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第23回1000字小説バトル
Entry15

空っぽの水槽

作者 : 西村卓磨
Website :
文字数 : 999
 六十センチのガラス製水槽が三つ僕の部屋にバランスよく並んで
いる。一つにはグリーンアロワナの幼魚、二つ目にはアジアアロワ
ナの幼魚、そして三つ目には魚はおろか、水さえも入っていない。
いや、‘入れていない’と言った方が正しいだろう。

 僕はハッとして気づく。左腕に退屈そうにくっついている自慢の
ロレックスに目をやると、十一時をさしていた。えらく長い間水槽
に見入っていたようだ。朝起きてぼんやり水槽を眺めることが習慣
になっているらしい。
 水槽を眺めている間、しかも何も入れていない水槽を眺めている
とき、僕はいつもある事を考えるともなく考える。
―もし僕が水槽の中に入れたなら、魚になって泳ぐことが出来たな
ら、それを眺めてくれる人はいるだろうか、飽きることはないだろ
うか、僕のように空っぽの水槽を眺める方が長くはないだろうか― 
 そんなことを考えながら僕はまた水槽の中へと入っていく。
 次にハッとして気づいたのは三十分後、携帯電話の着信音が僕を
現実に連れ戻した。
 電話は三日前知り合った女性からだ。着信音が三回鳴り終わるの
を待ってから出よう。
「もしもし」「もしもし」と二人の声がかぶった。少し気まずい感
じがしたが、相手は気にしてる様子もなく続けた。
「今日会えないかしら」
 一瞬断る理由を探したが見つからなかった。日曜日の昼間は家で
ダラダラ過ごしたかった。
「僕の家はどうかな?外に出る気分じゃないんだ。嫌ならいいんだ
けど」
 あっさりと商談は成立した。

 彼女が僕の部屋に来て五分が経ったとき、不思議そうに僕に聞い
た。
「この水槽には何も入れないの?」
「何も入ってないように見えるかい?」と僕は言った。彼女はもう
一度用心深く見た。
「やっぱり何も入ってないみたいだけど」と彼女は言った。
「その水槽には未来が入っているんだ。横の二つの水槽にはもうす
でに魚が入っている、でも空っぽの方にはこれから魚が入る。僕は
未完成の状態が好きなんだ」
「じゃあ全部空っぽにすればいいんじゃないの?」と彼女は言った。
「一応魚は好きで飼ってるんだ。だけどその隣に何も入れない水槽
を置く、そして未だ来ないものを楽しみに待つんだ」と僕は言った。
「変ね」と彼女、「かもね」と僕。
 それから一時間もたたない内に、彼女は友達からの電話で僕の部
屋を後にした。
 
 ロレックスが夕方の四時をさした。
 僕は空っぽの水槽に入れる魚と、四つ目の水槽を買いに出かけた。






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