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第23回1000字小説バトル
Entry20

二年前

作者 : ひょん
Website :
文字数 : 1000
 朝刊を読んでいる僕に彼女が訊ねた。
「面白い記事が載っている?」
「チリの首都サンディアゴに故アジェンデ大統領の記念館が完成し
た」
「アジェンデ大統領?」
「偉い人だよ」
「記念館が建つくらいだからね。何をした人なの?」
「ピノチェト将軍に暗殺された」
「暗殺されると偉いの?」
 彼女と暮らすようになったのは今年の春から。学生時代からのつ
き合いで、二人が大学を卒業し、社会人になったのを契機に、同棲
を始めた。
 毎朝、いっしょに自宅を出て、同じ電車に乗り、それぞれの会社
に出勤していく。
 僕の会社は彼女の降りる駅の三つ先にある。通勤時間は約四十分
かかり、僕は車内で新聞を読み、彼女は音楽を聴いて過ごしている。
 同棲生活も半年を過ぎれば、会話は自然と減るし、片時もはなれ
ず手をつないでいることもなくなる。
 彼女は家でも新聞を読まない。社会人失格じゃないか、と僕が非
難しても、今時、必要な情報は全部インターネットで集められる、
と彼女は反論する。
 しかし、本当の理由は、インクで指が汚れるのがいやだからとい
うことを、僕は知っている。
 今朝はハンドバッグにMDウォークマンを入れておくのを忘れた
のか、僕の隣から彼女はずっと新聞を覗き込んでいる。
「他には?」
「東ティモールで国連職員が暗殺された」
「東ティモール? アフリカの国?」
 僕はたまたま開いていた国際面から見出しをいくつか読み上げた。
「ザンビアで飛行機事故、六十四人死亡。カザフ国防相解任。パレ
スチナ和平協議難航。猫を射殺した男に禁固二十一年の実刑判決、
アフリカ連邦地裁」
「ひどい。猫を撃ち殺すのも正気の人のすることじゃないけれど、
刑務所に二十一年も入れる裁判官も乱暴」
 国際面を閉じ、社会面を開いた。
「追突事故で四人死亡。ピザ配達人、現金を奪われる。中学校教諭、
猥褻行為で逮捕」
「嫌な事件ばっかり。毎日、そんな記事を読んで、気分が暗くなる
でしょう」
「これが世の中の現実なんだから、仕方がない。新聞は社会に開か
れた窓なんだ」
「爽やかな一日の始まりに、どうして猥褻教師の話を教えてもらう
必要があるの? あなたがザンビアで飛行機に乗ることもないでし
ょう」
「それはそうだね。ピザを配達することも」
「追突事故もやめてね。それなら、どうして毎朝、新聞を読む必要
があるの?」
 彼女の疑問はもっともだったが、昔好きだった女の子がこの新聞
の記者をやっているからだとは、答えられない。






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