第23回1000字小説バトル
Entry5
私の横でエアロバイクを無心に漕いでいる無精髭の男が呟いた。 「インドアスポーツの中でも、雨の日のジムは窓越しに見る街の風 景が埃を洗い流され素敵に見えるので少しは安心できて、街がまた 再生されていくのだと思うと元気になるので好きだ」 私は「そうですよね」とだけ呟きかえした。 「沈黙と静寂の中で、生の証である汗が洪水の様に滴り落ち腋臭や 口臭が入り交じる単純流れ作業の様に見えるジムでも何故か一歩で も前に進める気がしてとても好きだ」 「うーん、やっぱりそうかも」と呟く幼気な私。 「フルマラソンやトライアスロン完走という程の余韻を、流す汗の 結果に於いてジムの中では長く引きずれそうにも無いが、妙な共同 体意識の内では汗を流した分、個別の満足がある点で差別も無く平 等なのかもしれないので好きだ」 「当然ですよねぇ」と懲りない私。 「メルセデスで来ようが、3区間のバス代を節約して徒歩15分で 来ようが、汗臭い人間同士が結局日々、死に向かって運動している のを考えると、この場の汗の瞬間は理屈抜きで裏切りも無くて安心 できて好きだ」 「うんうん納得」いつの間にか微笑んでいる私。 「この様な場所で燃え尽きる程の自己表現をしたい。たとえ心臓が 停止するような結果になろうとも。脱水症状になろうが貧血を起こ そうが心筋梗塞になろうがゲロを床に吐こうが、いい女が目に飛び 込もうが他人の事など考えず心の中で唾を吐き続け、死に向かって 今日一日を生きるのは、細胞の老化と再生の規則性が不変であるの と同じ位、実に適格で楽しめるのだ」 「そうです、はい。楽しんでます」 自信に満ちた声でウインクしてみた。 「やはりスポーツジムはいい。特に雨の日のスポーツジムはね」 男も両目でウインクを返す。 「自己否定などする暇があったらスポーツジムで燃え尽きろ!一般 人の10倍ぐらいぶっ飛ばして、人の気持ちも考えず自分の事だけ 考えて世の中のアホどもは死んで二度と再生することは無いと心の 中で叫び床にゲロを吐いても鼻血でシャツが真っ赤に染まっても、 雨の風景を見るとそれが自分の魂をも含めてすべてを浄化してくれ ると確信し、安堵してしまうこともたまには良い。それ故また来よ う!雨の日のスポーツジムへ」 「......」 「真の汗は薄っぺらな社交辞令など完全に否定してしまう」 「ね、そうだろ?」 「...ええ、まあ」ああ、身体が熱い。 私は、決して社交辞令ではなく、この男を好きになり始めていた。
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