第24回1000字小説バトル
Entry16

98.10.3

作者 : 赤坂麻実
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文字数 : 993
忙しくて何かをあきらめることは日常だった。
日々、この手からこぼれ落ちるように何かをなくしている気がして
いた。
僕は能力が低いのだろうと思う。
どんな才能も持たず、ただ残業を厭わないことや、仕事を選ばない
ことで、存在価値を捏造して胸をなでおろす、それだけの毎日。
体は疲れ、心は疲れているのかいないのか、その存在を疑いたくな
るほど、プラスにもマイナスにも動かなくなっていた。
リモコンを手にとった。
好きだった野球選手の引退試合は、オフィスで見ることになった。

バッターの横顔が大写しになった。
カメラはヘルメットの下のうるんだ瞳をとらえている。
最後の打席が始まっていた。
ピッチャーが投球モーションに入る。
投げた。
まんなか高め。ミットに吸い込まれることではなくて、バットに弾
かれることを願って投げられたそのボールを、バッターはフルスイ
ングで打ち返した。
小気味いい音とともに、打球はライトスタンドへ向かってまっすぐ
線を引いた。
独特のライナー、バッターを特定する球筋、その鋭さ。
どよめき、立ち上がる観客。
鳥肌が立った。瞬間に体温が上がる。
<いけ>
声には出さない。
ただ、頭の中で叫んだ、弾けたように。
打球はしかしライトポールをかすめて、そのわずか右へ入っていっ
た。
立ち上がっていたことに気づいて、僕は苦笑いで腰をおろした。

幕はあっけなく降りた。
ほわんと舞い上がった最後の打球は、2塁手のグラブめがけて、ゆ
っくりと落ちていった。
ドーム球場がため息をつく。
けれど、間を置かずため息が拍手と、それから悲鳴のような怒号の
ような歓声のような、そのどれでもない声たちに変わる。
ほとんど360度すべての方向から、声はバッターへと降った。
「ありがとう」がたくさん重なって、ざあん、と海鳴りのようにき
こえる。
バッターは泣いていた。何度も何度も手を振りながら、頭を下げて
は泣いていた。
達成感か、感謝か、惜別か。理由は知らない。
たぶん、まったく違う意味の、けれどどこか同じ涙が、僕の目から
落ちた。
記録にしてセカンドフライである。感動などしない。
垂れ幕に書かれた「不屈の闘志」。そんなものは学ばない。
理由は知らない。
憧れていた人の涙に感応しているだけかもしれない。
それでも、いいと思った。
失わず、持っているものがある、と気づいた。
僕はスイッチを切って、なぜだかリモコンを握りしめ、握りしめた
自分の弱い拳に落ちる涙をしばらく眺めていた。






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