第24回1000字小説バトル
Entry17

Go on the Road

作者 : サーモンピンク2回転
Website :
文字数 : 1000
 ウラジミールベルコビッチが煙草屋の前で馬車を停めさせ、颯爽
とマントを翻して地面に降り立つと、埃っぽい風が足元にまとわり
ついた。
 煙草屋には口の利けない少女が店番をしていた。静かに、煙草の
カートンを積み上げてお城を作っている。エレガント。ウラジミー
ルベルコビッチは口の中で呟いて少女の指先を見つめた。
 御者台の少年がその後ろ姿を苛立たしそうに見ていた。式典が始
まる時間が迫っていたのだ。今夜は伯爵閣下も来臨される。少年は
ポケットの中に忍ばせてあるものをやさしく握り締めた。
 煙草屋の少女はカートンを幾重にも積み重ねて彼女なりの城を形
作ると、誇らしげな笑みを浮かべた。ウラジミールベルコビッチは
少女の傍らに歩み寄り、幾分疲れた笑みを少女のそれに重ね合わせ
た。
「ひとつ、買い取らせていただきたいのです」
 少女は彼の低い声に表情を曇らせた。積み上げたカートンのひと
つを躊躇いがちに突つくと、城はあっけなく崩壊して少女の足元に
落ちた。ウラジミールベルコビッチは少女の瞳を覗き込み、肉の薄
い手のひらに触れた。
「ぜひ、買い取らせていただきたい」彼の手があたたかく薄い肉を
包み込んでいた。「煙草を全部、この家屋ごと、そしてあなたも」
 空がゆっくりと暗い色を吸い込んでゆく。少年のポケットの中で
あたたかいものが脈打っていた。ウラジミールベルコビッチは少女
とともに店の奥へと消えた。
 二時間が経った。御者台の少年は悄然とした表情を煙草屋の看板
に向けている。きっと伯爵閣下はもうお帰りになってしまったに違
いない。また今夜も酔いの回った三流社交人たちの前で芸をするの
かと思うと、厳しい調教に耐えてきた相棒が不憫でならなかった。
 ウラジミールベルコビッチが少女とともに姿を現わす。肉体の芯
をとろけさせた残り火が、少女の頬を薄紅に染めていた。エレガン
ト。彼は口の中で呟いて少女の手に力強い接吻をした。
「では参ろうか、アントニオ!」
 彼の目配せを合図に少年が巧みにポケットの中で手を動かすと、
ウラジミールベルコビッチは颯爽とマントを翻して馬車に乗り込ん
だ。
「では、明朝さっそく結納の義を!」
 シルクハットを取って少女に一礼する彼の頭に白い鳩がとまって
いた。少女が微笑む。少年のポケットには鳩の温もりだけが残って
いた。
 旅芸人ウラジミールベルコビッチ。芸は確かだが大舞台に弱い。
その馬車が少女の前に現われることは二度とないだろう。






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