第24回1000字小説バトル
Entry20
裸電球がはかなげにチリチリと鳴るほの暗い台所、物音にふと振 り向けば全身ずぶ濡れの裸身の般若がうつむき加減で立っている。 そんなもん、誰だって驚く。僕だって驚く。 「うわ。わわわ。わあ、なんだ、般若子ちゃんか。若い娘が裸で家 の中を歩き回っちゃダメじゃないか」 「御免なさい叔父さん。でも、お風呂から上がってみたらバスタオ ルが……」 「あれ、用意しておいた筈なんだけど」 「なんだか濡れていて、それに変な匂いがしてゲゲゲ」 語末をくぐもらせる独特の喋り癖と声が篭る般若面の構造が相ま って、般若子ちゃんは時たま本物の鬼女のような声を出す。 面は顔の肉と部分的に同化しており、剥がすことが出来ない。離 婚調停の際のトラブルが元でこうなってしまったらしいが、兄は詳 細を教えてくれないまま昨月他界した。義姉は音信不通。当の般若 子ちゃんも当時の事は覚えていない。本名は映見という。 「ああ、それは河童の仕業だよ。このへんは田舎だからね」 「えっ、河童がタオルを使ったんですゲ」 「河童の風呂覗き、といってね。その時興奮して分泌したアレやコ レを手拭いなんかに拭いつけて帰っていくんだそうだよ。ご丁寧に 証拠を残していかなくてもいいのにね」 「ゲゲゲ」 こわばった鬼女の面のすぐ下に繋がる白く小さな肩がゲッゲッゲ ッという声に合わせて上下したから、今のは恐らく笑い声だろう。 僕は新品のバスタオルをおろして彼女の肩にかけてやった。 「おばけはやっぱりおばけが好きなのかしら」 彼女の都会での生活はどんなものだったのだろう。想像するに忍 びない。 「いや、近くの芥沼に棲む十九坊という河童はね、熊本の九千坊と いう河童の大親分の眷属でたいそう気位の高い奴なんだ。清楚な美 女にしか興味を示さないというので、覗かれた娘は十九坊のお墨付 きだといって村中に自慢してまわったんだって」 僕は彼女の素顔を知らない。しかし河童には面一枚など貫き通す 眼力があると信じたかった。 覗かれた娘には福が来る、という伝承も教えてあげたかったが、 なんだか取ってつけたような話だ。だから僕は「あす芥沼まで行っ てみようか」とだけ訊いてみた。彼女はゲゲゲと応えた。 錐で穴を二つあけ、そこに角を通せば般若子ちゃんだって麦藁帽 をかぶれるのだ。弁当とタオルをカゴに入れ、後ろに彼女を乗せて 自転車を漕ぎ出す。夏空にぐいと突き出た白い角先で羽を休めるイ トトンボ、向かい風を受けブンと飛び立つ。
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