第24回1000字小説バトル
Entry22
「香奈子、もう泣くなよ」 小学生の香奈子が葬式に出たのは今日が初めてだったはずだ。それ も自分を突っ込んできたトラックから助けて死んでしまった人の葬 式だ。泣きたい気持ちも痛い程分かる。だからこそ、香奈子に真実 を言えないでいる。 葬式では僕と香奈子はたくさんの人達に「大きくなったねー」と 声をかけられた。香奈子はよく分からないといった顔をしていたが それも仕方のないことだ。香奈子は今の父親を本当の父親だと思っ ている。まだ香奈子が小さかった頃に僕達を捨てて家を出ていった カメラマンだった前の父さんの顔を香奈子は何も覚えてはいないだ ろう。 「兄さんはきっと君たちの顔を一目見たかったんだよ」 葬式会場の外で前の父さんの弟が煙草をくゆらせながら言う。トラ ックが突っ込んできたのは僕達の家の前の道だった。外国での撮影 旅行から帰ってきた前の父さんは僕達の顔を見たいと出掛けたらし い。「おじちゃん、写真を撮りながら近くをずっと散歩してたの」 と香奈子が言ってたから、たぶん自分が捨てた子供に声をかける決 心がつかなくて躊躇ってるときにトラックが突っ込んできたのだろ う。 「許せない気持ちも分かるけど、写真のために家族を捨てた兄さん も辛かったはずだよ。もう高校生の君には分かって貰えると思うん だ」 そう言って僕に年季の入ったカメラを手渡した。父さんがいつも使 ってたカメラだという。父さんの気持ちだって分からないわけじゃ ない。でも、たくさんのやり場のない感情が絡み合い、僕はそれに 名前を付けられずにいる。 葬式の後、香奈子の部屋。香奈子はまだ泣き止まない。 「おにいちゃん、あのおじさん、助けてくれたときカナコって私の 名前呼んだんだよ。なんで分かったのかな…」 涙で言葉がつながらない。「泣くなよ」って言おうとして自分の目 にも涙が溜まっているのに気が付いた。僕は袖で涙を拭って言った。 「さあ、香奈子、笑って。写真撮ろうよ」 僕は父さんのカメラを手にとった。見覚えのあるカメラだ。ふと思 い付いて革のケースを開けると、父さんがいつも入れていた僕と香 奈子の写真が少し黄色くなってはいたけど、そのままそこにあった。 そして今、いつも父さんが手にしていたカメラを今度は僕が手にし ている。 「元気な香奈子の写真撮って、あのおじさんに見せてあげよう。助 けてくれてありがとうって。わたしはこんなに元気ですって」 僕は止まらなくなった涙を隠すようにカメラを構えた。
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