第24回1000字小説バトル
Entry27

ビタースイート

作者 : 一之江
Website : 海へ行く家族(短篇集)
文字数 : 1000
 洋はそっと指輪を掌に載せて持ち主に返した。「綺麗なカットだ
ね」
 彼女は微かにうなずきながらそれを受取ると、鼻で笑った。よく
わかりもしないくせに、と言っているようだった。バレてる、と洋
は思った。
「いつかあなたも買うようになるんだろうから」と、箱にしまいな
がらさとすように言う。「参考までにね。これで五十万」
 洋は大きく溜息をついてみせた。「俺には当分無理だね」
「気持の問題よ」と、彼女はたしなめた。「その気もないくせに、
あなたはそんなことを言う」
 かなわないな、と洋は肩をすくめてみせた。彼女は笑って、香り
のよい紅茶を入れてくれた。
 冷蔵庫がいらなくなるんだけど、と電話があったのは先週だった。
一人暮し用の小さなものなんだけど、でもほら、あなたの部屋に置
くのにちょうどいいかな、と思って。ああそうだね、と洋は答えた。
それにしても、ねえちゃんが結婚なんてびっくりだよ。のせられた
んじゃないの? 伯母さんたちに。失礼ね、自分のことはちゃんと
自分で決めるわよ、あたし。
「一応掃除はしておいたから」と彼女は紅茶の香りに目を細めなが
ら言った。「新品同様。かわいがってね」
 洋は笑ってうなずくと、目の前の彼女を眺めた。
 小花模様のエプロンをつけた彼女は、まさに若奥さんのように見
えた。そう、もうそういう歳になっていたのだ、気づかないうちに。
あのきかない女の子が、どこかの立派な紳士にプロポーズされるよ
うになっていたのだ。
「そうそう」と、不意に彼女は立ち上がった。「忘れてた。サンド
イッチを作ったんだった」
 ひらりと腰から流れるエプロンのリボンを揺らして、彼女は小さ
な冷蔵庫へと向かった。「それだけ入れといたの、最後のお仕事」
と、微笑んでこちらを見る。
 思わず洋は立ち上がった。すたすたと彼女のそばへと歩み寄り、
その前に立ちはだかる。
「ねえ」と、彼女の腰に手をまわす。かつてない至近距離で彼女を
見下ろす。まぶしげな表情でこちらを見上げる彼女の瞳。
 一瞬後、「だめよ」と案の定、彼女は言った。「意地悪しないで」
 そして笑った。その笑顔は、難なく洋を制した。
「そんなんじゃないって、あなた、わかってるくせに」
 バレてる、と洋は思った。「あなたは昔からそう、ひとのおもち
ゃばっかり欲しがって」
 苦笑して、洋はうなだれた。と、両頬がしっとりした掌で被われ
た。
「忘れないでね」
 やわらかな唇がほんの一瞬、洋の唇に軽く触れた。






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