第24回1000字小説バトル
Entry4
車の中二人。僕と彼女は話を途切れないようにする。暗黙の照れ 隠し。彼女から漂う新鮮なシャンプーの香りが僕の鼻腔を擽り遊ぶ。 北海道の春は日本のどの春よりも一番であろう。有名な花見所や、 桜の木がある訳ではない。だが、自然の恵みは人間の浅ましい美意 識を浄化してくれる。 桜、梅、コブシ、レンギョウ、ツツジ。 淡桃、桃、白、黄、紫。これらの花、色が、札幌での遅い五月の 春、一斉に咲き乱れる。学校の帰り道、コンビニの帰りの、朝帰り の夜道。一歩外に出れば、もう花達との交流は始まっている。 彼女との花見。彼女の姿は映えていた。桜達の美しさを消す『主 張美』ではない。そんな薄い魅力ではなく、自分を一輪の花に変え、 桜達に溶け込む柔らかな『美』だった。 桜達も、その淑やかな一輪の花を存分に受け止める。無言の桜達 は彼女を静かに包み込み、彼女も桜達を引き立てる。その相乗さは 春という楽曲を美しさで奏で始めるようだった。 「着いたよ」 「ありがとう、またね、」 微笑みながら車から降りる彼女。僕は軽く頷き微笑み返す。車を 出した僕は一応バックミラーに目を向ける。車が消えるまで、ずっ とお見送りの彼女の姿。何て事はなかった。彼女の姿はすでにない。 『ま、いつもの事』 彼女はいつも笑っていた。どんな話をしても微笑んでくれた。愛 想笑いかも知れない。実際、僕の事をどう想っているかもわからな い。男から『好き?』と確認の質問なんて出来やしない。 僕は夜桜を見る。無言の桜は僕を、淡く薄く細い眼で見つめ返す。 美しい桜の前で僕は胸が軋んだ。家に帰れば僕には妻がいる。まだ 妻とは花見には行っていない。 雪道を歩いた僕の足跡。その跡に自分の足を重ねて歩く彼女の愛 らしさ。冬を越えて来年の春、僕たちは一緒にまだ居るのだろうか? 僕は桜に聞く。 桜は美しく口を噤んだまま。隣の梅も紅の色を濃くしつつ、僕を 眺めている。皆、美しい。少しも僕を蔑すむ表情を見せない。それ が余計に僕を苛ませた。春の風も僕らを繋ぎ止める味方になる様子 は、なかった。
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