第24回1000字小説バトル
Entry6
ある日、気が付くと、左足がゼリィになっていた。 みどりいろのぷるんとしたそれは半透明で、眺めていると 足の向こうを熱帯魚が通過していく。 たまに僕の足に食いついてくる魚もいるが、それも気持ちいい。 真夏の空は、すき通る様に、突き抜ける様に、そして青い。 絶え間なく緩やかなうねりが、身体を包んでは通り過ぎていく。 僕は、海の中で魚達とたわむれていた。 地元の人はむやみに魚をいじめたり、捕ったりしない。 必要以 上に可愛がることもしない。だから、魚たちは人を怖がることも知 らない。 人のいない夏の海岸は、穏やかで、とても静かだ。 都会で吹きつけてくる熱風は、他人が吐きだしている不満なのか もしれない。 「おかえりなさい」 ビーチパラソルの下で本を読んでいた彼女は顔を上げた。 「海に入ればいいのに。気持ちいいよ」 「そだね。むかえに来てくれたんだ」 彼女はワンピースの裾を軽く払うと、つばの長い帽子を脇に置き、 袖からゆっくりと腕を抜いた。 ぽとり、と足元にそれ落ちると中から程よく締まった白いビキニ をつけた彼女の身体が現れる。 「すこし食べてもいい?」 僕が返事をする前に、彼女は僕のももにかぷりと食いついた。 「おいしい」 彼女に食べられた部分はあっという間に再生する。 「じゃ、いこっか」 僕は、彼女の手を取ると二人で走り出した。 「ねぇ。ゼリィになったのは左足だけ」 彼女は両手で海水をすくい、ぱしゃりと僕の顔にかけた。 僕はなにも言わなかった。 すると彼女はするりとぼくの視界から消え、ゆっくりと トランクスに手をかけた。 彼女は、じっと目の前にある物体見つめている。 そして、静かに水々しいみどりいろのぷるりとした半透明の物体 を口に含んだ。 彼女がそれを食べる気持ち良い感触が、僕の脳裏を刺激する。 彼女は僕で身体を満たそうとし、僕は彼女を僕自身で埋め尽くそ うとした。 食べても食べても、食べ尽くしても再生する、このゼリィよ。 むさぼり続けても満たされない。終りの無い、エンドレスゲーム。 欲求に答え続けるこの体は、その行為を止めても、それはぷるん と、なにもなかったようにそこに存在している。 幸せだ、と感じた。 そしてそれ以上に、哀しかった。 ある日、気付くと左足はゼリィではなくなっていた。あの時彼女 が口に含んだそれも。 かわりない日常がやってくる。 夏は、もう終わりを迎えようとしていた。
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