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第24回1000字小説バトル全作品・結果一覧


#題名作者文字数
1『静かに、いかせて』有馬次郎997
2蝶を放つ谷本 みゆき905
3オーディションのぼりん1000
4来年の今頃は、水無月 双子844
5そばサトゥ998
6僕はゼリィ花音(カノン)1000
7へ−ぼんな日渡瀬ミウ700
8五月雨のリニアさとう啓介1000
9妖怪女房よしよし998
10イントゥ ザ ブルーグラス梅田 小径1000
11チョコレート色の夢かおり1000
12彷徨う男イサオ992
13あなた・・・英 康作645
14ヾ(-.-) 「フタリハヒトツデシタ」 (-.-)ノ^^^^小林 祐悟739
15はしか。佐藤 和美695
1698.10.3赤坂麻実993
17Go on the Road サーモンピンク2回転1000
18ポンコツ先生とキジ紺詠志1000
19雨の向こうに逢澤透明1000
20河童の風呂のぞきヒモロギ1000
21∞の憂鬱大林柔842
22父さんのカメラ伊勢 湊1000
23或る伝説の勇者羽那沖権八1000
24song for the askingくるり590
25ヘンシン川島ケイ1000
26るるるぶ☆どっぐちゃん1000
27ビタースイート一之江1000
28MORI太郎丸1000
29C型越冬こあら1000
30日曜の朝、カクガリ。T-Ben998

第24回1000字小説バトル
Entry1

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『静かに、いかせて』

作者 : 有馬次郎
文字数 : 997
その瞬間だった。

 ”展覧会の絵”の着メロが室内に響き渡ったのは。それは他を圧
倒するほど荘厳にして華麗であり、静謐なメロディーだった。
 ただでさえ静かな空間が、より水を打った様にシーンとなり、腹
の底に沁みてきた。
 西新宿の巨大ビルの地下階で、壁を隔て並んで座っている7人は
皆言葉を失っている。俺は眼前に広がる流氷の冬景色を思い出して
いた。

「もしもし、はい、○○エステートです」
「ア、はい今現調中です」 (嘘つけ!タコ)
「はい、思ったより広い印象です。え、もちろん水洗ですよ。2DK
でユニットバスです」(どうでもいいけど、携帯切れよ)
やっと左が静かになったら、今度は右隣だよ。
 おおッ!何だこのマヌケなメロディーは。こいつボス電持ってん
のかァ。なかなか当たらないのになあ。(そんな事はどうでもいい
んだよ携帯切れよ)
「あ、俺、今うん、スターバックスでカフェラテ飲んでる」
「え、渋谷駅前のだよ。女の娘のパンツが見えそうな。とにかく人
多いわ」 (よく言うよ。ここのどこがスターバックスなんだよ)
 ふーやっと静かになった。さあ集中するぞ!
カラカラカラ...(おい、資源の無駄使いはするなよ)

 今は集中する時なんだ。溜まりに溜まったストレスも欲望も一気
に昇華させるために、俺はこの場所を選んだのだ。
 日本橋でも赤坂見附でも渋谷でもだめだ。ここ都庁の近くのこの
ビルが一番心安らぐ空間を温存している。

 目前の女は20歳前だろう。よくもまあここまで開けるもんだ。
親が見たら泣くぞ。きっと鼻水をすすりながら深く沈み行く錘りの
様に、一心に泣くぞ(そんな事はどうでもいいんだよ。これがこい
つの仕事なんだから。オ○ンコで生計をたてる特化したビジネスじ
ゃねェーか)
 よく見ると単細胞生物から進化してきた貝類の口だなこれは。グ
ロテスクとは思わないが、ハゲ爺みたいに『綺麗だよ!』を連発し
たくもない。

 複雑な心境になってきたせいで、急に萎えはじめた。使用後の開
き直った倅の姿がそこにある。最初の携帯着メロから嫌な予感がし
ていた。
 ぺージを捲ってみる。若くはないが、人妻の色香に勝るものは無
いな。今度は成功しそうだ。何故なら、銀河系の中に浮かんだ星団
の煌めきが網膜に蘇ってきたからな。大成功の予兆はいつもこうだ。
いよいよその瞬間に導かれる天使の気分に浸りかけた時、ぷーッと
大音響がした。

 ああダメだ! 倅がまた拗ねはじめた。

第24回1000字小説バトル
Entry2

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蝶を放つ

作者 : 谷本 みゆき
文字数 : 905
 蝶の蛹を見つけたのは私だった。雨のせいか5月にしては寒い日
で、ママはコタツに入ってテレビを見ていた。蛹のついた山椒の枝
は重みで少し歪み、蛹の表面は膨らんで黒い斑点が透けていた。
私はそのまま羽化を見守ろうとした。でも、ママが「寒いから家に
入れましょう」と枝を手に取った。心細い音がして枝は折れた。
 翌朝、目覚めると蛹は羽化していた。生まれたばかりの蝶は苦し
い息をつくようにゆっくりと羽を震わせていた。虫篭にはママが蝶
のために切ったオレンジがひとかけ入っていた。私も蝶を元気付け
ようと瓶の蓋に砂糖水を作って入れた。蝶はオレンジにも砂糖水に
も寄り付かなかった。蝶が何を欲しがっているのかが分からない。
私が図鑑を見ていると、ママが「理科の先生に聞いてみたら」と言
った。私はしばらく学校を休んでいた。「電話で聞けばいいじゃな
い」ママはいつも私より先に解決策を口にする。「あなたが見つけ
た蛹だから、あなたが電話して聞かなくちゃ」そして、一番心臓が
ドキドキするところを私にさせようとする。
 先生は留守だった。奥さんが「帰ったら電話するわね。」と言った。
先生から返事があったのは夜遅くだった。「蝶のことをよく知らな
かったから詳しい人に電話したんだ。」先生は、砂糖水を綿に染み
込ませて虫篭に入れるといいと教えてくれた。それから羽について
いる"リンプン"という粉が取れると蝶が弱ると教えてくれた。私
がお礼を言おうとするとママは受話器を取り上げて先生と話し始め
た。「蝶が一晩何も食べないと死んでしまうんじゃないかとこの子
が不安がって。本当に申し訳ありません」ママは自分が遠隔操作み
たいに私に電話をかけさせたことを先生に言わなかった。
 数日後、私は虫篭の蓋をあけて蝶が出るのを待った。蝶は出口を
見つけられずにいた。ママは見かねて手を入れ、さんざん追いまわ
したあげく、蝶の羽をつまんで空へ放り投げた。蝶は一瞬バランス
を失ったが、よろけながら飛び立った。私は"リンプン"をいじっ
てはいけないとママに言おうとした。でも私は結局言わなかった。
蝶はもう巣立ってしまったのだ。ママは蝶を見送ると、手の"リン
プン"を払ってまたコタツでテレビを見始めた。

第24回1000字小説バトル
Entry3

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オーディション

作者 : のぼりん
Website : http://www5.ocn.ne.jp/~nobotyan/index.html
文字数 : 1000
「だから、一度行ってみなよ」
 と、男は妻に声をかけた。食卓に広げた新聞の広告欄に、タレン
ト募集の記事が大きく出ている。彼はその記事を指差して、乗り気
のない妻をもう一度振り返った。
「君みたいな美人が普通の主婦なんてもったいない話だよ。その顔、
その体、その足、今テレビに出ているどんな美人タレントにも負け
ないね」
「バカ言わないでよ、そんな夢みたいなこと。だって私、演技の勉
強なんてしたことないのよ」
「この記事をよく読んでごらんよ。演技なんて二の次さ。問題はテ
レビを見た人々が、どれだけ君に魅力を感じるかということなんだ
よ」
 男はどうしても自分の妻の美しさを、他人に誇りたくて仕方がな
いようだった。

 声優は声がきれいで演技力があれば、容姿などはあまり関係ない。
芸能界も分業化されているようである。例えば、化粧品や下着のコ
マーシャルには、指タレントとか肌タレントとかいう、専属のモデ
ルもいるらしい。
 あるストッキングメーカーのタレント募集の会場では、自分の足
に自信を持つ女性が何十人も集まっていた。オーデションに集まっ
た女性たちの、美しく健康的な腿やふくらはぎの稜線は、どれも見
事なものである。
 その審査も中盤に入った頃だった。エントリーナンバーが読み上
げられると、舞台にひとりの若い男性が現れた。
 会場中が意外な出来事にシーンと静まった。
 司会者も次の言葉を捜すのにもたついている。肝心の両足はスラ
ックスで隠れているのだが、まさか、このいかつい男が女性?
 審査員のひとりが慌てて、舞台の男にマイクを差し出した。
「男性のあなたがエントリーしているのですか?」
「いえ、私の妻なのですが、どうしてもここには来たくないと言い
張りまして、朝からそのことで夫婦喧嘩になってしまったような次
第でして…」
 男は、あっさりと答えた。
「それじゃ困るよ。男の君が代わりに来たって…」
 司会者の言葉に、審査委員のひとりが思わず声を上げて笑い出だ
した。すると、あちらこちらから次々と笑い声が洩れ、おしまいに
は会場中が爆笑のうずとなった。
 男はとても申し訳なさそうな顔でうつむいた。
「仕方がありませんでしたので…」
 そういって、傍らに置いてあったキャディバッグを手元に引いた。
彼はその中からおもむろに「モノ」を取り出したのである。
「見て下さい」
 血の気がすっかり失せてしまったその「モノ」は、確かに他の誰
のものよりも白く美しかった…。

第24回1000字小説バトル
Entry4

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来年の今頃は、

作者 : 水無月 双子
文字数 : 844
 車の中二人。僕と彼女は話を途切れないようにする。暗黙の照れ
隠し。彼女から漂う新鮮なシャンプーの香りが僕の鼻腔を擽り遊ぶ。
 北海道の春は日本のどの春よりも一番であろう。有名な花見所や、
桜の木がある訳ではない。だが、自然の恵みは人間の浅ましい美意
識を浄化してくれる。
 桜、梅、コブシ、レンギョウ、ツツジ。
 淡桃、桃、白、黄、紫。これらの花、色が、札幌での遅い五月の
春、一斉に咲き乱れる。学校の帰り道、コンビニの帰りの、朝帰り
の夜道。一歩外に出れば、もう花達との交流は始まっている。
 彼女との花見。彼女の姿は映えていた。桜達の美しさを消す『主
張美』ではない。そんな薄い魅力ではなく、自分を一輪の花に変え、
桜達に溶け込む柔らかな『美』だった。
 桜達も、その淑やかな一輪の花を存分に受け止める。無言の桜達
は彼女を静かに包み込み、彼女も桜達を引き立てる。その相乗さは
春という楽曲を美しさで奏で始めるようだった。
「着いたよ」
「ありがとう、またね、」
 微笑みながら車から降りる彼女。僕は軽く頷き微笑み返す。車を
出した僕は一応バックミラーに目を向ける。車が消えるまで、ずっ
とお見送りの彼女の姿。何て事はなかった。彼女の姿はすでにない。
『ま、いつもの事』
 彼女はいつも笑っていた。どんな話をしても微笑んでくれた。愛
想笑いかも知れない。実際、僕の事をどう想っているかもわからな
い。男から『好き?』と確認の質問なんて出来やしない。
 僕は夜桜を見る。無言の桜は僕を、淡く薄く細い眼で見つめ返す。
美しい桜の前で僕は胸が軋んだ。家に帰れば僕には妻がいる。まだ
妻とは花見には行っていない。
 雪道を歩いた僕の足跡。その跡に自分の足を重ねて歩く彼女の愛
らしさ。冬を越えて来年の春、僕たちは一緒にまだ居るのだろうか?
僕は桜に聞く。
 桜は美しく口を噤んだまま。隣の梅も紅の色を濃くしつつ、僕を
眺めている。皆、美しい。少しも僕を蔑すむ表情を見せない。それ
が余計に僕を苛ませた。春の風も僕らを繋ぎ止める味方になる様子
は、なかった。

第24回1000字小説バトル
Entry5

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そば

作者 : サトゥ
文字数 : 998
 電話の後、ふと、そばが食べたくなった。
 何だか妙に腹が減っていた。
 こういうときは肉料理でも食うに限る。と、思ったのだがどうい
うつもりか腹は「そばをよこせ」と騒いでいる。冷蔵庫の中には、
ちゃんと肉も材料もあるというのに。
 仕方が無いので早速下宿近くのスーパーへ自転車で向かった。二
度の信号待ちと横断歩道横断の後、スーパーに着いた。自転車の鍵
を乱暴に閉め、積み上げられた買い物篭を乱暴に引っつかんで自動
ドアをくぐった。
 中に入ると、すぐに山芋入りのざるそばが目に入った。側には赤
と黄色の、安売りを告知する札がちょこんと掲げられている。さっ
そくそれを籠に入れる。これで今日のそばは、ざるそばに決定であ
る。生わさび、長ネギも見つけたが、つゆは買わなかった。下宿の
冷蔵庫にまだ前の残りがあるからだ。
 レジで千円札を出し、いくらかお釣りをもらうと財布の小銭入れ
がさらに膨らんだ。長ネギ、ざるそば、生わさびを手早くビニール
袋につめると、空になった籠をその場に残し、足早に自転車に向か
った。
 二度目の二度の信号待ちと横断歩道横断の後、下宿に戻った。
 早速、鍋にお湯を入れて強火にかける。鍋のお湯がぼこぼこと沸
騰しはじめた。そこへ、スパゲティと同じ容量でざるそばを投入す
る。硬かった麺が、見る見るうちに柔らかくなっていく。あとは吹
きこぼれに注意しながら待つこと五分。タイマーがぴりぴりと鳴っ
た。火を止め、鍋の中身を用意しておいたザルに開け、流水にさら
しておく。あとは、生わさび・きざみネギを入れたつゆを作れば、
ざるそばの完成である。
 ずるずると音を立てながら、ざるそばをほおばる。生わさびの入
れ過ぎで、鼻がぴりぴりする。だが、無性にうまい。
「ああ、うまい」
 思わず口に出してしまった。
 食べ終わり、何も考えずに欠伸をすると、それに申し合わせた様
に電話が鳴った。
 目の前に置かれた子機に手をのばし、電話をとった。耳にあてる
と、前の電話と同じ声が「もしもし」と呼びかけてきた。
「さっきのじゃあ、何だか中途半端な気がしたから…大丈夫?」
「まあ、な。せやけど、そば食ったからもう大丈夫やて」
「…ふーん…あたしって、そばで代用できるのね…」
「へ?」
 子機に目を向けながらしどろもどろする。すると、受話器のむこ
うからかすかに含み笑いが聞こえてきた。
  明日は5月1日。
  テーブルの上には、長距離夜行バスの切符が置かれていた。

第24回1000字小説バトル
Entry6

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僕はゼリィ

作者 : 花音(カノン)
Website : 「KANON’S KANON」
文字数 : 1000
 ある日、気が付くと、左足がゼリィになっていた。
 みどりいろのぷるんとしたそれは半透明で、眺めていると
足の向こうを熱帯魚が通過していく。
 たまに僕の足に食いついてくる魚もいるが、それも気持ちいい。
 真夏の空は、すき通る様に、突き抜ける様に、そして青い。

 絶え間なく緩やかなうねりが、身体を包んでは通り過ぎていく。
 僕は、海の中で魚達とたわむれていた。
 地元の人はむやみに魚をいじめたり、捕ったりしない。 必要以
上に可愛がることもしない。だから、魚たちは人を怖がることも知
らない。
 人のいない夏の海岸は、穏やかで、とても静かだ。
 都会で吹きつけてくる熱風は、他人が吐きだしている不満なのか
もしれない。
 「おかえりなさい」
 ビーチパラソルの下で本を読んでいた彼女は顔を上げた。
 「海に入ればいいのに。気持ちいいよ」
 「そだね。むかえに来てくれたんだ」
 彼女はワンピースの裾を軽く払うと、つばの長い帽子を脇に置き、
袖からゆっくりと腕を抜いた。
 ぽとり、と足元にそれ落ちると中から程よく締まった白いビキニ
をつけた彼女の身体が現れる。
 「すこし食べてもいい?」
 僕が返事をする前に、彼女は僕のももにかぷりと食いついた。
 「おいしい」
 彼女に食べられた部分はあっという間に再生する。
 「じゃ、いこっか」
 僕は、彼女の手を取ると二人で走り出した。

 「ねぇ。ゼリィになったのは左足だけ」
 彼女は両手で海水をすくい、ぱしゃりと僕の顔にかけた。
 僕はなにも言わなかった。
 すると彼女はするりとぼくの視界から消え、ゆっくりと
トランクスに手をかけた。
 彼女は、じっと目の前にある物体見つめている。
 そして、静かに水々しいみどりいろのぷるりとした半透明の物体
を口に含んだ。
 彼女がそれを食べる気持ち良い感触が、僕の脳裏を刺激する。
 彼女は僕で身体を満たそうとし、僕は彼女を僕自身で埋め尽くそ
うとした。
 食べても食べても、食べ尽くしても再生する、このゼリィよ。
 むさぼり続けても満たされない。終りの無い、エンドレスゲーム。

 欲求に答え続けるこの体は、その行為を止めても、それはぷるん
と、なにもなかったようにそこに存在している。
 幸せだ、と感じた。
 そしてそれ以上に、哀しかった。

 ある日、気付くと左足はゼリィではなくなっていた。あの時彼女
が口に含んだそれも。
 かわりない日常がやってくる。
 夏は、もう終わりを迎えようとしていた。

第24回1000字小説バトル
Entry7

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へ−ぼんな日

作者 : 渡瀬ミウ
Website : http://www31.tok2.com/home/MIU/
文字数 : 700
 いつもと変わらない一日、のはずだった。
 いつもど−り七時半に起きて、八時ちょっと過ぎたぐらいに家を
 出て、ふつ―ど―りに仕事して、五時過ぎには帰路についた。そ
してまた、誰もいないアパ−トに帰って…
 アパ−トのドアを開けたら僕の部屋に、牛がいた。
 なぜ?
 もう一度ドアを閉めて、深呼吸し、表札を見る。
 やっぱり僕の部屋だ。
 「疲れてるのかなぁ…」
 目をこすり、頬をピシャッと叩いて気合を入れ、もう一度ゆっく
りとドアを開けてみる。
 …いる。
 しかも、ビ−ル飲んでやがる。
 「このごろ働き詰だったから、疲れがたまってるんだな、きっと」
 そういうことにしといて、とりあえず部屋に入って牛の前に座っ
てみた。
 『ンモ〜ォ』
 牛、ひと鳴き…。
 『おかえり』
 って感じだな、こりゃ。
 たしかに僕はさびしかったよ。東京に来て3年、仕事ばっかで彼
女なんか作る暇なかったし、 一人暮しもさびしいかな〜、なんて
思って、ペットでも買お―かな―、なんて考えたこともあったよ。
 でも、なあんでかな
 牛。
 っていうか、どこからきたの?どうやって入ってきたの?もう、
つっこむとこあり過ぎって感じ。
 な―んて考えてたら、いつのまにか目の前にビ−ルとグラスがお
かれてた。
 とりあえずグラスもったら、ちゃんとついでくれるし…
 もう、ど―でもいいって思ったね。
 それで、
 「ついでになんかつまめるもん、作ってよ」
 って言ったら、牛のやつ、なんとも手際よくあるもので作っちゃ
ったわけ。
 しかも、これがまたなかなかおいしいんだな。
 ま、いまんとこ害があるわけでもないし、僕もさびしかったわけ
だから…
 そんな感じで、今、僕、牛と同棲してるんだな。

第24回1000字小説バトル
Entry8

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五月雨のリニア

作者 : さとう啓介
文字数 : 1000
 五月雨の朝僕は夢を見た。
目覚めた時の不思議な気持と、なんとなく清々しいこの感覚。
まるで宙を静かに走るリニアに乗っていた様な気がした。

 昨夜遅く叔母からのメールが届いた。
短い文章だったが、僕は懐かしい香りを充分に感じ、僕の原点が何
処にあるのかを、はっきりと知らせてくれた。叔母は兄さんと書い
ていたが、親父をいつもそう呼んでいた事を思い出し、今でも変わ
らないゆっくりとした時間がそこにある事を感じた。
淡々とした言葉が綴ってある中に
「鉄ちゃん、はよう帰っといで」
が何故か嬉しかった。
 どうも親父は、一つの人生に終わりをつけるらしい。今度親父が
定年になり、とうとう永年勤めてきた鉄道の仕事から離れる事にな
ったと書いていた。
 あの頑固な親父が仕事を辞める。これからどうするのだろう?
なんて考えてみたが、あの親父なら心配する様な事も無い気がする。
ふっとそんな風に思ったら、急に親父に逢いたくなった。
丁度明日は休みだし、親父と叔母をびっくりさせようとインターネ
ットで新幹線の時刻を確認した。

 僕が親父を心配していないのは、まず叔母がそばに居てくれてい
る事と、昔から僕を一人で育ててくれ、僕も親父の事が割と好きで
尊敬しているのかな〜? 多分よぼよぼになる前には、僕が綺麗な
お嫁さんを連れて帰る事を、ずっと前から決めているからだろう。
 そんな事を色々考えているうちに僕はすっかり眠ってしまった様
で、あの夢を見たのかもしれない。

 ……親父が振り返りながら、にやにやと笑っている。
僕は親父の手に捕まり、その色黒の顔から覗く真白な歯を見上げ、
少しもた付く脚を砂利につまづきながら必死で歩いていた。
親父がようやく僕の手を放し
「乗ってみるか?」
と僕を抱え上げ真新しいディーゼルカーの運転席の扉を開けた。
僕はその運転席から見える真直ぐな線路と、陽炎に揺れるレールの
先を見つめ
「父さん、このレールはどこにつながってるんだ?」
と親父に聞いた。
親父は僕を見つめ少し考えて、鼻の横を照れ臭そうにかきながら、
そっと小さな声で
「おまえの未来さ」
と言って笑った……。

 今僕は、皆が待ち望んでいるリニアの開発に携わっている。
そして今朝、親父と一緒にそのリニアに乗った夢を見た。
それはなんとなく、近い将来の夢を見ている様な気がした。

 さあ!そろそろ、出かけないと乗り遅れてしまう。
部屋から出ると、朝の五月雨が、街路樹の若葉を色濃く緑に染めて
いた。

第24回1000字小説バトル
Entry9

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妖怪女房

作者 : よしよし
Website : http://www2s.biglobe.ne.jp/~yoshi_s/
文字数 : 998
 僕の妻は文字通り妖怪である。
 そもそもは30過ぎて一人ヤモメなのを同僚にからかわれ、苦し
紛れで家に憑いている妖怪を妻だと言ったのが始まりだった。

 妻は妖怪であるからには家事などせず、夜な夜な辺りを徘徊しは
隣人達を脅かしている。もちろん性交渉なども望めないが、いがみ
合いテレビに出て来てまで喧嘩するような夫婦達に比べれば、いく
らかマシではないだろうか。それに妻は美人だ。向こう側が透ける
ほど白い肌や、風もなくユラユラと漂う黒髪がとても美しい。そし
て何より、あのヌラヌラと輝く瞳が堪らない。僕は見つめられるだ
けでイってしまいそうになる。

 同僚達にも妻の良さをわかってもらいたいのだが、なかなか上手
くいかない。会えばわかると言っても、断わられるばかりだ。
「最近は話さえ聞いてくれないよ」
僕は愚痴る。年上の妻に甘えてしまうのは悪い癖だ。
 妻の冷たい手が頬に触れる。暗がりで表情は見えないが、きっと
愉悦の笑みを浮かべていることだろう。妻は人の苦しむ姿を見るの
が好きなのだ。
「ねぇ僕が死んだら泣いてくれる?」
一向に温まらない手に頬を摺り寄せて聞く。永遠とも言える命を持
つ者にも寂しいとか、悲しいと言う感情はあるのだろうか。
”泣くものか、おまえの子に憑くだけじゃ”
と、妻は素っ気無い。しかし僕は何か引っかかるものを感じていた。

 それから数日後、わけあって2匹の子猫を手に入れた。
 あの日、妻を問いただしてわかったことがある。それは僕の家系
が途絶えると、家に憑いた妖怪も存在できなくなるということだ。
僕で家を途絶えさせてはいけない。なんとしても子供が必要だ。
 僕は懐の子猫を抱え直す。大事な息子と、その嫁である。本当は
人の子供が良かったのだが…まぁしかたない、妻は妖怪なのだから
子供が猫でも構うまい。あとは妻は気に入ってくれればいいのだが。

 僕の心配をよそに、妻は子猫を抱きしめると喜びの涙をこぼした。
”ありがとう”そう聞こえたのは幻聴か。
 妻は消えた。子猫と共に。それは瞬く間のことだった。
やがて僕は思い出した。妻が「子探女」と言う妖怪だったことを。
なんてことだろう、妻は我が子を手に入れ成仏してしまったのだ。

 その後、僕は落胆の日々を送っている。しかし幸いにも手元には
一匹の猫が残された。美しいメス猫である。すっかり大きくなって
僕に悩ましげな視線を送ってくる。今度は猫女房も悪くないと思う
夏の夕暮れである。

第24回1000字小説バトル
Entry10

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イントゥ ザ ブルーグラス

作者 : 梅田 小径
文字数 : 1000
 裏通りは瀟洒な敷石で固められてた。ほの明るい街灯を頼り、花
束を揺らす。タバコの自販機の前で歩を止め、ポケットをまさぐる。

 100円玉が2枚しかない。ラークの値札を見た。250円。肩
をすくめ、硬貨をしまう。
 再び歩きだせば、ぽつぽつと雨が降り出した。首筋を雫が伝う。
 暗い空。
 真っ黒な雲が、ビル間の天蓋を覆い尽くしている。自然少し小走
りになった。
 何とか本降りになる前に着く。辞書を思わせる門構え。濡れてい
ないことを幸運に思いながら、鈴の音と共にドアをくぐる。
 同時、外を無数の線が通り抜け、地面の波紋が著しく増えた。ふ
と表を見る。
「いらっしゃいませ」
 外よりも薄暗い店内で、静思なウエイターの声に引き戻され、席
を一望した。 お一人様ですか? いや、待ち人さ。怪訝な顔のた
ウエイターに手を振りかえす。
全面ガラスの窓際の席。すぐに気づいた。彼女は、朱のワンピース
を纏い、シンプルだが高価そうなブレスレットを着けている。
――遅かったわね。来ないかと。
 向かいの椅子に浅く腰をかける。持っていたはずの花束が無い。
何気なく外を眺めると、水面を流れていく、赤い花びらが見えた。
 蝋燭越しに向きあう。
――もっといい服を着てくればよかったな。
――ふふ、ナイトがプリンセスよりもいい格好したら困るわ。
――ナイトか。プリンスにはなれない?
――努力次第ね。
 料理が運ばれる。前菜か、フォアグラを野菜で覆った代物と、ワ
イン。
 彼女は、ゆっくりと注がれるワインを取った。遅れて注がれるグ
ラスを取り、目と同じ位置までそれを持ち上げ、彼女を見る。赤紫
色の液体越しの瞳は、紫水晶のように見えた。
「シャトー・ラジョンシュ。1974年物でございます」
 ソムリエがいなくなり、彼女は優雅にグラスを構えた。
――乾杯。あなたの努力に。
――再開の喜びに、乾杯の意味がある。
 優雅に交わされた杯。次々と運ばれてくる料理に交わされる会話。
けして安物ではない。
 最後のデザート終わり、彼女はタバコを吸った。煙と言葉が吐き
出される。
――今日は、会えて嬉しかったわ。
――僕もさ。ところで…
 ポケットから取り出した。掌のそれを見て、彼女は、タバコを取
り落とした。
「200円しかないんだ」
 彼女は、おもむろに箱を差し出す。翡翠色のLAKEの4字。
「タバコしかないの」
 外を見た。強い雨が残っている。明細も視界に入った。
 だが、ガラスはそれほど硬くなさそうだ。

第24回1000字小説バトル
Entry11

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チョコレート色の夢

作者 : かおり
文字数 : 1000
やはり禁煙席をとればよかった…隣の男が吐き出す煙に溜息をつく。
自由席に移ろうにも、ウィークエンドのこの時間、東京へ向かう新
幹線は人で溢れていた。

何気なく煙を眺めていた私は、男の意外に細い指先に気づき少しド
キッとした。その指先が挟む煙草が脳裏の扉を叩く。急に心臓の鼓
動を強く感じた。どこかに大事なものを忘れてきてしまったような、
そんな不安な気持ち。
男の指は、少し神経質そうな動きで煙草の火を消していく。モヤモ
ヤした気分も一緒に消されそうになった瞬間、私は自分の忘れ物に
気がついた。

こと恋愛に関して人の気持ちはうつろいやすいが、生涯忘れないだ
ろうと信じていたものが二つあった。一つはファーストキスの味。
その男の声も癖も覚えてないのに、唇の感触だけが今でも生々しい
くらい鮮やかに蘇る。
そして、かつて愛した男が吸う煙草。

初めて聞く銘柄で、未だに彼以外の人間が吸っているのも、売られ
ている店すら見たことがないその煙草は、私にとって彼そのものだ
った。仲間が集まった後の灰皿に、その吸殻を見つけると妙に嬉し
くて、そんな自分の気持ちが誰かに悟られやしまいか、と不安にな
ったりしたものだ。

それなのに。
今、どうしてもその銘柄を思い出せなかった。私の気持ちを逆なで
るように車窓が流れていく中、全神経を集中させて記憶の糸を辿る。
二度と会う事もない彼のことを、こんなにも真剣に考えているのは
不思議を通り越して滑稽ですらあったが、それを思い出す義務があ
るような気がしていた。

「これはチョコレートフレーバーを使っているんだ」

彼のくゆらせる煙はどこか幻想的で、その指先に残る匂いは甘かっ
た。私はそんな彼の指が大好きで、鼻先に近づけ、思い切り息を吸
いこんでは指先にキスをしたりして笑いあっていた。

彼の表情や仕種、私に話し掛ける声のトーン…そんな事が突然波の
ように心に流れ込んできた。ずいぶん長いこと彼のことを考えたこ
とがなかった。忘れていたのは、彼を愛し続けることが出来なかっ
た自分へのやましさだろうか。

何時の間にか眠ってしまったらしい。車内では、終着駅を知らせる
アナウンスが響いている。夢の終わりに、私は彼の煙草の銘柄をは
っきりと思い出していた。心の中がちょっとした幸福感で満たされ
ていくのが分かった。

彼がこの広い世界のどこかで生きている、その事実だけで胸が熱く、
そしてだんだん温かい気持ちになった。彼に届けることは出来ない
けれど。

第24回1000字小説バトル
Entry12

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彷徨う男

作者 : イサオ
文字数 : 992
はじめまして!シュウっていいます。かおりチャンのメル友募集
の文を読んでああ、俺なら気が合うかも!って思って返信してみま
した!俺ってまだメールとかするのまだそんなに経ってないから顔
文字とか出来なくて・・・でもその代わり言葉で勝負!ってスタン
スだから長く楽しくできると思うよ!えっとプロフ書くね!17歳。
んでもって176cmの56kgでスタイルはイイかもしれないね。
顔は悪くないと思うよ〜。仲良くなったらいろんなトコで遊びたい
と思ってます。恋バナやマジメな話もできるからよろしく〜”

書き終わって送信する前に読み返すと秀人は自分がいつも同じよう
な返信メールばかり書いている事に気付く。
不思議な気分になる。嫌な気分だ。送信するのをやめて急いでパソ
コンを閉じる。問題なく閉じりきるのを確認すると携帯電話を掴み、
ベッドに倒れた。
15時25分……時間を確認すると携帯電話を枕下に置き、仰向け
になって天井をぼーっと見る。
今考えると送信しなかった理由を言葉にするのは容易だった。こん
なのコミュニュケーションじゃない……秀人は心からそう思った。
寝転がる姿勢を変える。数冊の漫画に埋もれて少しホコリをかぶっ
た井上○水のアルバムをが目に入り、取り出す。ところが中に入っ
ているCDは別のCDだ。気を取り直して探しようやく見つける。
コンポに雑な手つきで挿入し、連続再生、プログラム、少○時代が
入っているトラック6、再生を順に押す。
部屋に音楽が流れだすと秀人は立ち上がり窓から外界を見る。縄跳
びで遊ぶ子供たちを見ながらもう一度考えた。

いつから人と繋がっていたいと思うようになったのだろう……。
いつから人間関係に目的を持つようになったのだろう……。
いつから見栄を考えるようになったのだろう……。
いつから周りを気にするようになったのだろう……。
昔はこんな事、一瞬たりとも考えなかったのに……。
昔はインターネットなんて無かったのに……。
昔はお金が無くてもいろんな遊びができたのに……。
昔は時の流れが遅く感じたのに……。

……時間?……そういえば……子供には過去が無い……だから今と
いう時間に対して経験というレンズで曇らせることなく……ありの
ままを感じることができるんだろうな……。
なら僕は子供でありたい……でもそれでは食っていけない……どう
すればいいんだ……うまく……切り替えができればいいのだろか?
……子供でありたいというけど……過去を捨てるという事なのか?
……そんなの無理だな……何かを積み重ねる生き方なら後悔はしな
いかな……なんか……悩んでる分……開き直ってるヤツより損して
そうだな……そうだ…この悩みを募集文に書いて……メル友と相談
してみよう……フフ……。

登録して一週間経っても返信は無い。
……うおお……どう……なってるんだ……この世は……

第24回1000字小説バトル
Entry13

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あなた・・・

作者 : 英 康作
Website : http://member.nifty.ne.jp/y-fukuda/
文字数 : 645
「あなた、お酒が好きよね」そう言って彼女は微笑む。
ああ、俺は、たくさんは飲めないけれど、飲む雰囲気が好きだ。
特におまえと飲むのは好きだし幸せだよ・・・。
「ねぇ、ギターを弾くの、好きだったわよね。
それに時々、私のために弾いてくれたわね」
・・・・・・そうだったね。
「あなたの弾く、子守り歌みたいな静かな曲が好きだったわ。」
そうかい・・・我流のフォークギターだから本当に巧い人には全然
かなわないけどなぁ。クラッシックギターの人なんかにはさ。
「静かな夜に二人でビデオをみるのも楽しかった」
そうだね、楽しかったね。
「何でもない時に私に見つめられて、きょとんとした
あなたの表情が好きよ」
いいじゃないか、俺は、アガリ症なんだよっ。
「何年か前に私の実家(いえ)に遊びにきて、母さんに
話しをしていたわね。『ゆきこさんを幸せにします』って」
ああ、何年前かなそれ、照れくさいじゃないか。
「母さん、あのあと泣きながら、私に良かったねって
言ってくれたのよ」
そうか、あのお母さんがね。
「あなたと私のこと、お母さんはわかっていたみたい」
そうか、そうだよなぁ。どう見ても、そういう二人だよな
「ね、あなた、私のこと愛してくれたの、嬉しかったわ」
あ・・・ああ、うん・・・
「ね、あなた、何度も抱いてくれたの、嬉しかったわ」
あ・・・ああ、うん・・・
「ね、あなた、そばにいてくれたの、嬉しかったわ」
あ・・・ああ、うん・・・

「ありがとう、あなた。私、出かけて来るわね。お仕事なの」
そう言って彼女は、仏壇に祀られた俺の写真の前を離れた。

第24回1000字小説バトル
Entry14

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ヾ(-.-) 「フタリハヒトツデシタ」 (-.-)ノ^^^^

作者 : 小林 祐悟
文字数 : 739
  男の子と女の子がいました。
 「ふたり」はもともとは「ひとつ」でした。
 とってもわかりあっていました。
 もとは「ひとつ」でしたから。
     
 幼いときはずっと「ひとつ」でした。
 やがて「ふたり」になったとき。
 男の子と女の子はお互いを好きになりました。
 それはお互いがよくわかりあえたからです。

 男の子と女の子は性格が違いました。
 男の子は活発で激しくて、
 思ったことをはっきり言う性格でした。
 攻撃的でまわりを傷つけることもありました。

 女の子はおとなしくて、
 ゆっくりとしてものおもいにふける性格でした。
 考え過ぎて自分を否定してしまうこともありました。
     
 男の子は自分のことを素直に
 受け止めてくれる女の子が好きでした。
     
 女の子は自分のことを構ってくれる、
 いつもそばにいてくれる男の子
 が好きでした。ただ一緒にいるだけで幸福でした。

 ある日、女の子は泣いていました。
 それは暗黒を感じたからです。
 男の子は暗黒を倒しに行きました。
 暗黒が許せなかったからです。
 女の子を守ろうとしたかったのです。

 女の子は待ちました。
 男の子はなかなか帰っては来ません。
 泣かなければ良かった。
 女の子は後悔しました。
 泣いたのは男の子に構って欲しかっただけでした。

 長い月日がたって、男の子は疲れて帰ってきました。
 暗黒には勝てなかったのでひどく落ち込んでいました。
 女の子のために懸命に戦ったのに負けてしまったから。

 また泣かせてしまうね。男の子は言いました。
 でも女の子は嬉しそうに答えました。

 そばにいてくれたらいいの、だからもう泣かないね。
 すると暗黒は消えました。

 「ふたり」はまた「ひとつ」になりました。
 そして永遠に「ひとつ」になりました。

第24回1000字小説バトル
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はしか。

作者 : 佐藤 和美
Website :
文字数 : 695
土曜日の学校は、午後になると妙に静かで、木造部分の残る校
舎はタイムスリップしたのではと、錯覚させた。
 「今日はもう、終わっていいから。」
ふいに、背中に澤田先生の柔らかい声が響いて、私はここがまぎ
れもなく、現代の図書室だと実感した。
 土曜の午後に残って本の整理をする図書委員の仕事はあまり人
気がない。でも、私はこの作業が結構好きだった。古い本の少し
かび臭い匂いも慣れればいい匂いだ。「シン」って音が聞こえて
きそうな程、静かな教室も好き。そして何より、澤田先生と二人
きり。
 いつからだろう。こんな風に二人で作業する土曜日が待ち遠し
くなったのは。もうずいぶん昔の事で思い出せなくなってしまっ
た。
 「もう、いいから。」
帰宅を促す先生の声に、
― どうして?もっと一緒にいたいのに…。
何て返事はできるはずもなく、私は素直に帰宅の準備をした。
「何か予定があるんですか?」
「うん。子供を幼稚園に迎えにね。」
子供、という言葉だけがやけに耳にくっついて、目の奥が熱くな
ってきた。
 「子供かわいいですか?」
私は、ますます自分を追い込むような質問をした。
「ん?かわいいよ。そりゃ。」
返事を全部聞く前に、涙がこぼれてしまった。我慢できない。
「好きです。」
 涙まじりの告白に、先生は、一瞬オトナの顔になった。でも、
すぐに先生の顔に戻って、ニッコリ笑った。
「それはね、はしかだから。きっとすぐ治るから。」
そう言って先生は教室を後にした。
 はしか。そうなのかな。でも、先生知ってますか?はしかだと
思ってたら、もっとすごい病気だったって事良くあるんですよ。
それに、このはしかには特効薬がないから、こじれてしまいそう
なんです。

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98.10.3

作者 : 赤坂麻実
Website :
文字数 : 993
忙しくて何かをあきらめることは日常だった。
日々、この手からこぼれ落ちるように何かをなくしている気がして
いた。
僕は能力が低いのだろうと思う。
どんな才能も持たず、ただ残業を厭わないことや、仕事を選ばない
ことで、存在価値を捏造して胸をなでおろす、それだけの毎日。
体は疲れ、心は疲れているのかいないのか、その存在を疑いたくな
るほど、プラスにもマイナスにも動かなくなっていた。
リモコンを手にとった。
好きだった野球選手の引退試合は、オフィスで見ることになった。

バッターの横顔が大写しになった。
カメラはヘルメットの下のうるんだ瞳をとらえている。
最後の打席が始まっていた。
ピッチャーが投球モーションに入る。
投げた。
まんなか高め。ミットに吸い込まれることではなくて、バットに弾
かれることを願って投げられたそのボールを、バッターはフルスイ
ングで打ち返した。
小気味いい音とともに、打球はライトスタンドへ向かってまっすぐ
線を引いた。
独特のライナー、バッターを特定する球筋、その鋭さ。
どよめき、立ち上がる観客。
鳥肌が立った。瞬間に体温が上がる。
<いけ>
声には出さない。
ただ、頭の中で叫んだ、弾けたように。
打球はしかしライトポールをかすめて、そのわずか右へ入っていっ
た。
立ち上がっていたことに気づいて、僕は苦笑いで腰をおろした。

幕はあっけなく降りた。
ほわんと舞い上がった最後の打球は、2塁手のグラブめがけて、ゆ
っくりと落ちていった。
ドーム球場がため息をつく。
けれど、間を置かずため息が拍手と、それから悲鳴のような怒号の
ような歓声のような、そのどれでもない声たちに変わる。
ほとんど360度すべての方向から、声はバッターへと降った。
「ありがとう」がたくさん重なって、ざあん、と海鳴りのようにき
こえる。
バッターは泣いていた。何度も何度も手を振りながら、頭を下げて
は泣いていた。
達成感か、感謝か、惜別か。理由は知らない。
たぶん、まったく違う意味の、けれどどこか同じ涙が、僕の目から
落ちた。
記録にしてセカンドフライである。感動などしない。
垂れ幕に書かれた「不屈の闘志」。そんなものは学ばない。
理由は知らない。
憧れていた人の涙に感応しているだけかもしれない。
それでも、いいと思った。
失わず、持っているものがある、と気づいた。
僕はスイッチを切って、なぜだかリモコンを握りしめ、握りしめた
自分の弱い拳に落ちる涙をしばらく眺めていた。

第24回1000字小説バトル
Entry17

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Go on the Road

作者 : サーモンピンク2回転
Website :
文字数 : 1000
 ウラジミールベルコビッチが煙草屋の前で馬車を停めさせ、颯爽
とマントを翻して地面に降り立つと、埃っぽい風が足元にまとわり
ついた。
 煙草屋には口の利けない少女が店番をしていた。静かに、煙草の
カートンを積み上げてお城を作っている。エレガント。ウラジミー
ルベルコビッチは口の中で呟いて少女の指先を見つめた。
 御者台の少年がその後ろ姿を苛立たしそうに見ていた。式典が始
まる時間が迫っていたのだ。今夜は伯爵閣下も来臨される。少年は
ポケットの中に忍ばせてあるものをやさしく握り締めた。
 煙草屋の少女はカートンを幾重にも積み重ねて彼女なりの城を形
作ると、誇らしげな笑みを浮かべた。ウラジミールベルコビッチは
少女の傍らに歩み寄り、幾分疲れた笑みを少女のそれに重ね合わせ
た。
「ひとつ、買い取らせていただきたいのです」
 少女は彼の低い声に表情を曇らせた。積み上げたカートンのひと
つを躊躇いがちに突つくと、城はあっけなく崩壊して少女の足元に
落ちた。ウラジミールベルコビッチは少女の瞳を覗き込み、肉の薄
い手のひらに触れた。
「ぜひ、買い取らせていただきたい」彼の手があたたかく薄い肉を
包み込んでいた。「煙草を全部、この家屋ごと、そしてあなたも」
 空がゆっくりと暗い色を吸い込んでゆく。少年のポケットの中で
あたたかいものが脈打っていた。ウラジミールベルコビッチは少女
とともに店の奥へと消えた。
 二時間が経った。御者台の少年は悄然とした表情を煙草屋の看板
に向けている。きっと伯爵閣下はもうお帰りになってしまったに違
いない。また今夜も酔いの回った三流社交人たちの前で芸をするの
かと思うと、厳しい調教に耐えてきた相棒が不憫でならなかった。
 ウラジミールベルコビッチが少女とともに姿を現わす。肉体の芯
をとろけさせた残り火が、少女の頬を薄紅に染めていた。エレガン
ト。彼は口の中で呟いて少女の手に力強い接吻をした。
「では参ろうか、アントニオ!」
 彼の目配せを合図に少年が巧みにポケットの中で手を動かすと、
ウラジミールベルコビッチは颯爽とマントを翻して馬車に乗り込ん
だ。
「では、明朝さっそく結納の義を!」
 シルクハットを取って少女に一礼する彼の頭に白い鳩がとまって
いた。少女が微笑む。少年のポケットには鳩の温もりだけが残って
いた。
 旅芸人ウラジミールベルコビッチ。芸は確かだが大舞台に弱い。
その馬車が少女の前に現われることは二度とないだろう。

第24回1000字小説バトル
Entry18

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ポンコツ先生とキジ

作者 : 紺詠志
Website : シコウ回路
文字数 : 1000
 学校の裏の小山をのぼるポンコツ先生と子どもたちは、課外授業
のさなか、するどい鳴き声を聞いた。
「キジの声だよ」と言うポンコツ先生は、ロボットなのだが、ひど
くポンコツなので、みんなにポンコツ先生と呼ばれている。
 銀色の四角い頭をくるくるまわして、ポンコツ先生は、あたりを
うかがった。また一度、鳴き声がすると、先生は、欠けた輪っかの
ような二本指の手で子どもたちを招いて、山道をさらにのぼった。
 道の真ん中に、オスのキジがいた。子どもたちの多くは、キジを
見るのが初めてだったので、その美しさに歓声をあげたが、ポンコ
ツ先生は指を四角い口にあててシーと大きな音をたてた。
「しょくんは、キジも鳴かずば撃たれまい、という言葉を知ってい
るかね。いつかテストに出すよ」と、大きなひそひそ声で言った。
「さて、あれを撃ってみんなで食べるとしよう」
 ポンコツ先生は右腕を取り外した。ひじから先が、ライフル銃に
なっている。しかしポンコツなので、かなり近づかないとあたらな
い。足音をしのばせながら、けれども、ぎいぎいときしみながら、
先生はキジにしのびよった。
 ほとんど足元にまでせまり、ライフルをかまえたそのとき、キジ
が飛びあがってポンコツ先生の頭を蹴り、翼をひろげて空高く舞い
あがった。子どもたちは、そのキジの姿に見とれていたが、ひとり
が気づいた。
「あ、先生の首が」
 蹴られたはずみで、ポンコツ先生の頭がもげてしまい、子どもた
ちの足元を通りぬけて、山道を転げ落ちていたのだった。
 子どもたちは大いそぎでポンコツ先生の首を追いかけた。四角い
首は、ときおり大きくはずみながら、山道を転がっていたが、やが
て突き当たりの池にぽしゃんと落ちてしまった。
 池のほとりに、ぼろをまとった老人がいた。
「おやおや、首が落ちたぞ」息をきらしてかけつけた子どもたちを
見て、老人は言った。「やれやれ、わしが拾ってこよう」
 ぼろを脱いで、ふんどし一丁になった老人は、ゆっくりと足を水
面に沈め、胸のあたりに水をかけながら、池に潜っていった。
 しばらくして、池からあがった老人のわきの下には、ポンコツ先
生の首があった。それを受け取った子どもたちは、先生の体がある
ところまでのぼっていった。
 子どもたちが、ポンコツな胴体に頭をはめてやり、老人に拾って
もらったことを話すと、先生は礼を言いに池に向かったが、老人の
姿はなく、また一度、遠くでキジがするどく鳴いた。

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Entry19

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雨の向こうに

作者 : 逢澤透明
Website : 虚構化可能関数
文字数 : 1000
 玄関先で靴を履いていると、二歳の娘がやってきて「かさ、か
さ」という。
 僕はなんのことだかわからない。娘は玄関の傘立てに向かい、
黄色い傘を取り出して、もう一度「かさ、かさ」という。
 娘は僕に傘を渡したいらしい。最近娘は母親のまねをしたが
る。この間雨が降ったとき、妻が僕に傘を渡しているのを見ていた
のだろう。
 今日の天気予報は快晴だった。これから会社まで一時間以上、
満員電車の中で揺れられることを思うと、余計な荷物は持っていき
たくなかった。
「ごめんよ。今度、雨が降りそうなときにはもっていくからね」
 僕は彼女の小さな肩に手をおいて、いう。
 そして玄関のドアを開け、外に出る。ドアを閉めるときに振り返
ると、娘は黄色い傘を持って、寂しそうにこちらを見ていた。

 娘は僕に似ていない。
 娘の顔を見た誰もが、おかあさんにそっくり、という。おとうさ
んに、とは誰も言わない。
 結婚前、妻は同時に複数の男性と交際していた。
 僕はそのひとりだった。交際相手の誰よりも僕は平凡な人間
だった。エリートでも不良でもない、なんの取り柄もない平凡な
人間。
 それが僕だ。
 けれども妻はある日突然、僕のアパートにやってきて、そのまま
住み着いた。
 結婚したきっかけも単純だ。
「わたし妊娠したみたい」
 妻が僕のアパートやってきてからちょうど三ヶ月目にそういう
と、僕は反射的に結婚しようといっていた。
 僕らは結婚し、六ヶ月後には娘が生まれていた。

 夜、会社からの帰り、駅の改札を通ると、妻が娘を抱いて立って
いた。
「どうしたんだい。お迎えなんてさ」
「この子が傘を持っていくってきかなくて……、そのくせ待ちくた
びれて寝ちゃったの。ほんと困った子だわ」と妻はくすくす笑う。
 よく見れば、妻の肩に寄りかかる娘の手には黄色い傘が握られて
いる。
「傘なんて、こんなきれいな星空なのに」
 と僕がいうと、突然、雨が降ってくる。土砂降りの雨だ。
 駅前を歩く誰もが突然の雨にとまどっている。
 僕と妻は顔を見合わせる。
「ときどき遠くを視るような目をするのよ、この子」と妻がいう。
「どこを視ているのかしらね。不思議な子よね……ねえ、あなたに
似てるのよ。そういうところ。あなたもときどき遠くを視てるわ」
「そうかな」
「そうよ。よく似てるのよ、ほんとに」
 雨は降り続いている。
 僕は娘の手の上からそっと傘の柄を握り、開いた。
「パーパ」
 眠りながら娘はそうつぶやくのだった。

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Entry20

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河童の風呂のぞき

作者 : ヒモロギ
Website : http://home4.highway.ne.jp/deadsoul/
文字数 : 1000
 裸電球がはかなげにチリチリと鳴るほの暗い台所、物音にふと振
り向けば全身ずぶ濡れの裸身の般若がうつむき加減で立っている。
そんなもん、誰だって驚く。僕だって驚く。
「うわ。わわわ。わあ、なんだ、般若子ちゃんか。若い娘が裸で家
の中を歩き回っちゃダメじゃないか」
「御免なさい叔父さん。でも、お風呂から上がってみたらバスタオ
ルが……」
「あれ、用意しておいた筈なんだけど」
「なんだか濡れていて、それに変な匂いがしてゲゲゲ」
 語末をくぐもらせる独特の喋り癖と声が篭る般若面の構造が相ま
って、般若子ちゃんは時たま本物の鬼女のような声を出す。

 面は顔の肉と部分的に同化しており、剥がすことが出来ない。離
婚調停の際のトラブルが元でこうなってしまったらしいが、兄は詳
細を教えてくれないまま昨月他界した。義姉は音信不通。当の般若
子ちゃんも当時の事は覚えていない。本名は映見という。

「ああ、それは河童の仕業だよ。このへんは田舎だからね」
「えっ、河童がタオルを使ったんですゲ」
「河童の風呂覗き、といってね。その時興奮して分泌したアレやコ
レを手拭いなんかに拭いつけて帰っていくんだそうだよ。ご丁寧に
証拠を残していかなくてもいいのにね」
「ゲゲゲ」
 こわばった鬼女の面のすぐ下に繋がる白く小さな肩がゲッゲッゲ
ッという声に合わせて上下したから、今のは恐らく笑い声だろう。
僕は新品のバスタオルをおろして彼女の肩にかけてやった。

「おばけはやっぱりおばけが好きなのかしら」
 彼女の都会での生活はどんなものだったのだろう。想像するに忍
びない。
「いや、近くの芥沼に棲む十九坊という河童はね、熊本の九千坊と
いう河童の大親分の眷属でたいそう気位の高い奴なんだ。清楚な美
女にしか興味を示さないというので、覗かれた娘は十九坊のお墨付
きだといって村中に自慢してまわったんだって」
 僕は彼女の素顔を知らない。しかし河童には面一枚など貫き通す
眼力があると信じたかった。

 覗かれた娘には福が来る、という伝承も教えてあげたかったが、
なんだか取ってつけたような話だ。だから僕は「あす芥沼まで行っ
てみようか」とだけ訊いてみた。彼女はゲゲゲと応えた。

 錐で穴を二つあけ、そこに角を通せば般若子ちゃんだって麦藁帽
をかぶれるのだ。弁当とタオルをカゴに入れ、後ろに彼女を乗せて
自転車を漕ぎ出す。夏空にぐいと突き出た白い角先で羽を休めるイ
トトンボ、向かい風を受けブンと飛び立つ。

第24回1000字小説バトル
Entry21

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∞の憂鬱

作者 : 大林柔
文字数 : 842
「思ったとおりに書けばいいのよ」とミス・シグマは言った。
 思ったとおりに書く、と僕は心に留めた。そして『思ったとおり
に書く』と記した。
『と記した』と記した。
『と記した。と記した』と記した。
『と記した。と記した。と記した』と記した。
『と記した。と記した。と記した。と記した』と記した。
 ……………………………………………………………………。
「そう、それでいいのよ」とミス・シグマは言った。

「何よ、これ」と妻は言った。
「小説さ」
「これが?」
「無を表現している」
「不毛な小説ね」

 と、私は記した。『と、私は記した』と私は記した。

「やめて!」とミセス・ファイは叫んだ。「もういいかげんにして
よ、きりがないわ!」
「ミセス・ファイ、君は勘違いをしているんだ。この小説は言って
みれば合わせ鏡の言語化なんだ」
「ふざけないで!」と言ってミセス・ファイは俺の頬をはたいた。
 そういえば昔誰かが言ってたっけ。『片方の頬をはたかれたら、
もう片方の頬を突き出せ』
 ためしに俺は右頬を突き出してみた。ミセス・ファイは俺の右頬
をはたいた。
 そこで俺は左の頬を突き出した。ミセス・ファイは俺の左頬をは
たいた。
 そこで俺は右の頬を突き出した。ミセス・ファイは俺の右頬をは
たいた。
 そこで俺は左の頬を突き出した。ミセス・ファイは俺の左頬をは
たいた。
 そこで俺は……。

『作者永眠』と記して、わたしはペンを置いた。

 と記して、きみはペンを置いた。

「あなたはよくやったわ」とミス・シグマは言った。「そうよ、あ
なたはよくやったわよ」
 あなたはよくやった、と僕は心に留めた。
「もう書かなくていいのよ」とミス・シグマは言った。
 もう書かなくていい、と僕は心に留めた。
「さあ、今度はあたしの番よ」とミス・シグマは言った。『あたし
の番』とミス・シグマは記した。

『さようなら、みんなさようなら』と俺は僕は私はわたしは記して、
ミス・シグマのミセス・ファイの妻の無事を祈った。

『と記して、きみはペンを置いた』と記してミスターXはペンを置
いた。

第24回1000字小説バトル
Entry22

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父さんのカメラ

作者 : 伊勢 湊
文字数 : 1000
「香奈子、もう泣くなよ」
小学生の香奈子が葬式に出たのは今日が初めてだったはずだ。それ
も自分を突っ込んできたトラックから助けて死んでしまった人の葬
式だ。泣きたい気持ちも痛い程分かる。だからこそ、香奈子に真実
を言えないでいる。

 葬式では僕と香奈子はたくさんの人達に「大きくなったねー」と
声をかけられた。香奈子はよく分からないといった顔をしていたが
それも仕方のないことだ。香奈子は今の父親を本当の父親だと思っ
ている。まだ香奈子が小さかった頃に僕達を捨てて家を出ていった
カメラマンだった前の父さんの顔を香奈子は何も覚えてはいないだ
ろう。

「兄さんはきっと君たちの顔を一目見たかったんだよ」
葬式会場の外で前の父さんの弟が煙草をくゆらせながら言う。トラ
ックが突っ込んできたのは僕達の家の前の道だった。外国での撮影
旅行から帰ってきた前の父さんは僕達の顔を見たいと出掛けたらし
い。「おじちゃん、写真を撮りながら近くをずっと散歩してたの」
と香奈子が言ってたから、たぶん自分が捨てた子供に声をかける決
心がつかなくて躊躇ってるときにトラックが突っ込んできたのだろ
う。
「許せない気持ちも分かるけど、写真のために家族を捨てた兄さん
も辛かったはずだよ。もう高校生の君には分かって貰えると思うん
だ」
そう言って僕に年季の入ったカメラを手渡した。父さんがいつも使
ってたカメラだという。父さんの気持ちだって分からないわけじゃ
ない。でも、たくさんのやり場のない感情が絡み合い、僕はそれに
名前を付けられずにいる。

 葬式の後、香奈子の部屋。香奈子はまだ泣き止まない。
「おにいちゃん、あのおじさん、助けてくれたときカナコって私の
名前呼んだんだよ。なんで分かったのかな…」
涙で言葉がつながらない。「泣くなよ」って言おうとして自分の目
にも涙が溜まっているのに気が付いた。僕は袖で涙を拭って言った。
「さあ、香奈子、笑って。写真撮ろうよ」
僕は父さんのカメラを手にとった。見覚えのあるカメラだ。ふと思
い付いて革のケースを開けると、父さんがいつも入れていた僕と香
奈子の写真が少し黄色くなってはいたけど、そのままそこにあった。
そして今、いつも父さんが手にしていたカメラを今度は僕が手にし
ている。
「元気な香奈子の写真撮って、あのおじさんに見せてあげよう。助
けてくれてありがとうって。わたしはこんなに元気ですって」
僕は止まらなくなった涙を隠すようにカメラを構えた。

第24回1000字小説バトル
Entry23

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或る伝説の勇者

作者 : 羽那沖権八
Website : http://www.geocities.co.jp/Bookend-Soseki/4587/
文字数 : 1000
 高校の昼休み、野上雪斗がいつものように安永和彦の隣の机に来
て、弁当を広げていた。
「――そういえばさ、よく『ナマコ喰ったヤツは勇気がある』とか
言うじゃん?」
 雪斗は言いながら、野菜の玉子とじを食べる。
「うん。言うね」
 弁当箱に詰まった昨日の残りの肉じゃがを、和彦はつまらなそう
に食べる。
「でも何でも、初めてのものを口にするには勇気がいるんじゃない
かな」
「そうでもねえって」
 雪斗は首を横に振る。
「フグなんて初めて喰ったヤツを凄いとは言わねーだろ」
「……あれはどちらかって言えば、二度目に食べたヤツの方が偉そ
うだね」
 肉じゃがの中にある一筋のシラタキを、和彦は箸で掴もうとする。
「ん。だからあのナマコのぐにゃぐにゃした目も口も分からない形
の気持ち悪さにはかなり抵抗があった筈だ。案外名前もなかったん
じゃないか?」
「別に喰わなくっても名前はあると思うなぁ――あ」
 彼はようやく箸で掴めたシラタキを口に運ぼうとしたが、寸前で
また弁当箱に落ちてしまった。
「いやいや、名前なんて曖昧なもんじゃん。ウミウシの一種ぐらい
にしか数えられてなかったかも知れねーぜ」
「言われてみれば確かにそうかな」
「人類を引っ張って来た勇者は、学者でも冒険家でもなく、案外そ
ういった身近な気持ち悪さを払拭し続けた勇者たちなんじゃないか
と思わねえか?」
「なるほどねえ。ナマコもそうだけど、ワィラゴなんかもよく考え
ると異常な食材だもんなぁ。ぶよぶよしてるし、もさもさ毛が生え
てるし、ぶっとい血管浮き出てるし」
 和彦は諦めて、弁当箱を持ち上げて口に直接シラタキをかきこん
だ。
「ワィラゴって――なんだ?」
 訝しげな顔で雪斗が訊き返した。
「ワィラゴは、ワィラゴ……でしょ?」

 家に帰った和彦は母親と夕食をとっていた。
「これ美味しいね」
 和彦は旨味の強い平べったい揚げ物をいくつも食べる。
「本当。ずいぶん久し振りのヒットね」
 嬉しそうに母親も揚げ物を食べる。
「久し振り?」
「そーねぇ。これでワィラ六かな。その辺で採れるものは、材料代
が浮いて助かるわぁ」
「ワィラロク……ワィラ五、ワィラ六?」
 もっちりした歯触りを感じながら、和彦はゆっくりと口を動かす。
(あんまり認めたくはないんだけど)
 にこにこしながら揚げ物を食べている母親を横目で見ながら、和
彦は揚げ物に混ざっていた固ものを、ぷっと吐き出す。
 螺旋状の骨が取り皿に落ち、キン、と高い音を立てた。

第24回1000字小説バトル
Entry24

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song for the asking

作者 : くるり
Website :
文字数 : 590
別れたつもりだった人から手紙が来た。 
手紙は開けないでゴミ箱に捨てた。 
新しい彼氏もいるし。 
女は残酷、男は馬鹿。 

2週間後、また手紙が来た。差出人は書いてないけど筆跡で誰かく
らいわかる。 
「長瀬理名様」まっすぐ書けない人だった。いつも右に片寄ってい
た。癖のある文字。 
いつも「理名」だけがきれいに書かれていた。 
「電話してくればいいのに」 
私が電話を取らないことくらい彼は知ってる。 
その手紙もゴミ箱に捨てようとしたけど、開けてみた。手紙が2枚
入っていた。 
やっぱり捨てた。 
「未練残すくらいなら別れなきゃよかったじゃない」 
なんとなく独りで言ってみた。私から離れていったのに。 

1週間後、また手紙が来た。封筒の裏に「これで最後」と書かれて
いた。 
最初なんてなかった。突然手紙が来て。突然これで最後なんて。 
カッコばっかりつけて、何も捨てられない人だった。 
封筒を開けた。丁寧に。もしも手紙がこの封筒いっぱいに入ってた
ら手紙が破れるから。 
そんなこと心配する必要なんてないのに。
男は残酷、女は馬鹿。 
中には小さくたたまれた手紙が1枚入っている。 
歌が流れているような気がした。 

それから手紙は来なくなった。彼からの手紙も読まないままに。 

第24回1000字小説バトル
Entry25

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ヘンシン

作者 : 川島ケイ
Website : http://www4.plala.or.jp/riverland/
文字数 : 1000
 変身ヒーローもののテレビ番組は好きだったけど、そんなヒー
ローになりたいと思うことはなかった。怪獣なんて怖いし気持ち
悪いし、大変だなあ、と子供ながらに同情しつつ、ヒーローの活
躍を見守っていた。それなのに。
 とつぜん落ちてきた赤いバッジを拾った。ただそれだけのこと
だ。そうしたらそのバッジは僕の手のひらに吸い込まれていき、
そこには「J」という文字が浮かんだ。
 僕が怪獣を目にした途端、僕の意思とは関係なく変身が始まっ
てしまう。そのときの感覚が、僕はものすごく嫌いだ。内側から
乗っ取られていくような感覚。不愉快を通り越して腹が立つ。

 友達との待ち合わせがあったので、変身覚悟で外に出た。なる
べく怪獣なんて見たくないんだけど、ずっと家に閉じこもってい
る訳にもいかない。僕にだって普通の人間としての生活はあるの
だ。
 友達がまだ来ていなかったので、そばにあったベンチに座って
待っていると、ふいに地面が揺れた。もう分かっている。これは
地震じゃない。
 うんざりしているうちに、揺れは大きくなり重々しい足音が近
づいてくる。どういうわけか彼らは、僕のいるところに寄って来
るのだ。覚悟を決めて、足音のする方に目を向けた。
 2本の首と黒光りする鱗が特徴的なその怪獣が目に入ると、い
つものごとく不快な感覚が湧き上がってきた。何度味わったって、
この不愉快さは消えない。
 手のひらの「J」が赤ク輝く。ソノ赤が体中に広がり、衣服が
裂ケる。みるミルうちニ巨大化しテイく全身に力がみなギリ、憎
ラシキ怪獣を退治スル準備がトトノッタ。
 赤ク輝クオレヲ前ニシテ醜イ化ケ物ハモハヤ怖気ヅイテイル。
シカシ手抜キナドセヌ。徹底的ニ叩キ潰スノミダ。
 殴ル、蹴ル、放リ投ゲル。ナギ倒サレルビル。逃ゲ惑ウ群集。
破壊ノかたるしすガオレヲ恍惚ヘト誘ウ。化ケ物ガヨロケナガラ
立チ上ガッタトコロデ、両腕デ「J」ヲ形取リ、化ケ物ニ向ケル。
絶望ニ顔ヲ歪メル化ケ物ニ容赦ナク放ツJびーむ。燃エ上ガル化
ケ物。ソノ姿ヲ見テ勝利ノ咆哮ヲアゲルト、オレの体ハ次第に小
サクなッテいく。肉体ガ人間らしサヲ取り戻していき、目に映ル
周囲の惨状に胸が痛くなる。
 完全に素っ裸だが、この状況ではそんなことに目を止める余裕
のある人はいない。泣き叫ぶ人々の姿を見ているとやりきれなく
なってきて、腹が立ってきて、手のひらの「J」に唾を吐きかけ
てみた。また余計に、不愉快な気分になるだけだった。

第24回1000字小説バトル
Entry26

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作者 : るるるぶ☆どっぐちゃん
文字数 : 1000
 蛇がいた。
 自宅アパート駐輪場のコンクリートの床の上。そこに蛇がいた。
 昔からあたしは動物が嫌いだった。
 特に動物の目が嫌いだった。つぶらで、何も見ていないような、
それでいて全て見透かしているような、その目。
 嫌いだった。
 全ての意味から解き放たれたような目。全ての罪から解き放たれ
たような目。彼らはそんな目をしながら、例えばライオンはウサギ
を食べ、チーターはシロウマを食べ、そして食べた方も食べられた
方もあの「罪の無い目」のままなのだ。 
 許せなかった。
(あやちゃん、あやちゃんはどっちについてくるの?ママでしょう
?ママだよね?)
(あやはパパについてくれば良いんだ。パパについてくるだろう?)
 パパ。ママ。
 可哀想なパパ。可哀想なママ。何もかもを欲しがるあの人達の罪
を慰める事が出来るあたしは一人しかいないのに。
 子供の頃、よくアリを殺して遊んだのを思い出した。アリをライ
ターで焼くととてもイヤな匂いがして、だからそれがアリの罪深さ
の証拠になるような気がして、とても安心した。そうしなければあ
たしは眠れなかった。


 蛇と目があった。
 相変わらずの、動物特有のあの、何も見てないかのような目。何
にも捕らわれていないかのような目。
(どうすれば)
 どうすればあたしはこうなれたのだろう。どうすれば、どうすれ
ば何もかもから逃げられたのだろう。あたしはどうすれば良かった
のだろう。あたしは何を選べば良かったのだろう。
 世界は戦争ばかりで、夜はとても長くて、昼は嘘に満ちていて。
そしてあたしは今でも不眠症で、死んだアリの代わりの何かを今で
も捜そうとしている。
 楽園でアダムとイブに罪を教えたのはお前達であるはずなのに。
 するり。
 不意に蛇が動き出した。
(噛まれる?)
 そう思うと震えが、ほとんど恍惚と言ってさえ良い震えがあたし
を捕らえた。
 するすると蛇は、滑るように這い寄ってくる。
(ついにこの日が来た)
 ついに。なんでそんなことを思うのだろう。
 しゅるん。 
 軽く音をたて蛇はあたしの足下に飛び掛かった。
 そして。
 そして、蛇はあたしの足下にいたカエルをくわえると、優しく、
ほとんど愛撫を加えるかのようにカエルを優しく飲み込み、行って
しまった。
(ツミトハ、イッタイ、ナンノ、コトデスカ?)
 そう言いたげにこちらを一度だけ振り返り、行ってしまった。
 あたしの身体になんか一回も触りもせずに、蛇は行ってしまった。

第24回1000字小説バトル
Entry27

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ビタースイート

作者 : 一之江
Website : 海へ行く家族(短篇集)
文字数 : 1000
 洋はそっと指輪を掌に載せて持ち主に返した。「綺麗なカットだ
ね」
 彼女は微かにうなずきながらそれを受取ると、鼻で笑った。よく
わかりもしないくせに、と言っているようだった。バレてる、と洋
は思った。
「いつかあなたも買うようになるんだろうから」と、箱にしまいな
がらさとすように言う。「参考までにね。これで五十万」
 洋は大きく溜息をついてみせた。「俺には当分無理だね」
「気持の問題よ」と、彼女はたしなめた。「その気もないくせに、
あなたはそんなことを言う」
 かなわないな、と洋は肩をすくめてみせた。彼女は笑って、香り
のよい紅茶を入れてくれた。
 冷蔵庫がいらなくなるんだけど、と電話があったのは先週だった。
一人暮し用の小さなものなんだけど、でもほら、あなたの部屋に置
くのにちょうどいいかな、と思って。ああそうだね、と洋は答えた。
それにしても、ねえちゃんが結婚なんてびっくりだよ。のせられた
んじゃないの? 伯母さんたちに。失礼ね、自分のことはちゃんと
自分で決めるわよ、あたし。
「一応掃除はしておいたから」と彼女は紅茶の香りに目を細めなが
ら言った。「新品同様。かわいがってね」
 洋は笑ってうなずくと、目の前の彼女を眺めた。
 小花模様のエプロンをつけた彼女は、まさに若奥さんのように見
えた。そう、もうそういう歳になっていたのだ、気づかないうちに。
あのきかない女の子が、どこかの立派な紳士にプロポーズされるよ
うになっていたのだ。
「そうそう」と、不意に彼女は立ち上がった。「忘れてた。サンド
イッチを作ったんだった」
 ひらりと腰から流れるエプロンのリボンを揺らして、彼女は小さ
な冷蔵庫へと向かった。「それだけ入れといたの、最後のお仕事」
と、微笑んでこちらを見る。
 思わず洋は立ち上がった。すたすたと彼女のそばへと歩み寄り、
その前に立ちはだかる。
「ねえ」と、彼女の腰に手をまわす。かつてない至近距離で彼女を
見下ろす。まぶしげな表情でこちらを見上げる彼女の瞳。
 一瞬後、「だめよ」と案の定、彼女は言った。「意地悪しないで」
 そして笑った。その笑顔は、難なく洋を制した。
「そんなんじゃないって、あなた、わかってるくせに」
 バレてる、と洋は思った。「あなたは昔からそう、ひとのおもち
ゃばっかり欲しがって」
 苦笑して、洋はうなだれた。と、両頬がしっとりした掌で被われ
た。
「忘れないでね」
 やわらかな唇がほんの一瞬、洋の唇に軽く触れた。

第24回1000字小説バトル
Entry28

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MORI

作者 : 太郎丸
Website : 太郎丸の落書き
文字数 : 1000
 もう4日になる。道を間違えた。麓近くまで来ているという確信
はある。だがもう歩けない。

 小鳥がさえずっていた。朝の光がうっそうとした枝の間から、い
く筋もの光となって、下草を射している。光の加減からか薄暗いは
ずの場所なのに全体的に淡い。まるでセピア色の世界のようにゆっ
たりと時間もながれているようだ。近くを川が流れているのか、チ
ロチロと水の音が聞こえてくる。
 私は音のする方へ、惹かれるように近寄っていた。カサッと音が
したと思うと、そこにはこちらを向いた女の子が立っていた。

 彼女の髪は砂色だった。全体に細かく巻いていてふんわりとし、
極彩色の鳥の羽根と蔦のツルが砂色の髪を巻き込むように彩ってい
た。頭の上からひな鳥がピーチクさえずりそうにも見えないわけで
はないが、不潔な感じではなかった。
 全体的に希薄な感じがするのは着ている服のせいもあるのかも知
れない。髪の毛にも似た枯色とでもいうのだろうか、落ち葉を連想
させる色あいが、幾筋もの光の中風を受けてゆっくりと漂うように
まといついていた。
 まるで妖精だった。思わず笑みがこぼれてしまう。見ているだけ
で幸せな気がした。
 だが思い出そうとしても、どんな顔だったのか思い出せない。

 私に少しづつ近づいて来る彼女は、近づく度に成長していった。
私の目の前に来た時には、もう立派な大人だった。
 彼女が手を横に払うと、枯色の服はハラハラと足元に落ちていっ
た。眩しい彼女の肌が朝日に輝いていた。彼女は私の肩に手を乗せ
顔を寄せてきた。見つめる目と巻きついた手が私を混乱させたが逆
らえなかった。
 まるで夢だ。疲れきっている私にはどうする事も出来なかった。
夢の中だという意識もあったのだろう。私は彼女のされるままにな
った。しかし私は幸福感で満たされていた。

『男よ。これでお前は助かるだろう』
 彼女の口は動いてはいなかったが、突然頭の中に声が聞こえた。
少し悲しそうな顔をしていた。神々しい感じがした。
「あなたは、一体…」
『この森の精だった』
「だった?」
『私は人に見られると長くは生きていられない』
「何故?」
『これは運命。死にかけているお前に、命の息吹を吹き込んだだけ
だから、心配せずとも良い』
 それから何かを聞いた気もするが覚えてはいない。

 病院で目覚めた私は彼女の事を聞いたが、近くには誰もいなかっ
たという。
 後で聞いた話によると、私が発見された森は道路工事で無くなる
らしい。

第24回1000字小説バトル
Entry29

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C型

作者 : 越冬こあら
Website : 連絡先
文字数 : 1000
 ドクターの「C型です」という発言は、医務室に響き渡りました。
ドクターは自分の断言が私に与えた影響を噛み締めるかの如く深く
頷き、説明を続けました。
 そもそも「ABO式血液型が遺伝するという発想が間違え」だっ
たそうで、「血液型性格判断は元来逆説的なもので、血液型は性格
によって決定される」というのが正論だそうです。
 つまり、「性格自体が遺伝するので、あたかも血液型が遺伝する
かのように考えられてきた」だけで、「性格が変われば、血液型も
変わる」というのが現代医学の常識だそうです。
「貴方の性格が貴方の血液をC型にしてしまった」のだとドクター
は断言し、C型の性格についての私の控えめな質問に「血液型の本
をご覧なさい。C型なんて有りません。つまり、貴方には性格が無
いのです」と答えた後の快活な笑いを最後に、私に退室を促しまし
た。私は儀礼的な挨拶の後、医務室を出て、階段を上り部署に戻り
ました。
 職業柄、血液型は人事部にも報告され、盗み見た社員のお喋りと
社宅の井戸端会議によって、私の血液型について「知らない人はい
ないわよ!」と娘が泣き出したのはその一週間後で、妻が「恥ずか
しくて買い物にも行けない」状態になったのが十日くらい後でした。
実際、好奇の眼光に照らされて、通勤や散歩等を繰り返してみると、
妻と娘の気持ちは良く理解することが出来ました。
 次の日曜日「みっともないから一緒に来ないで」と言い残し、妻
と娘が買い物に出かけた留守に、妻が通信販売で入手した「性格育
成玩具(2〜3才児向)」に取り組みながら、私はどうしようもな
く暗い思いに苛まれていました。
 性格とは、個人の思考や行動を決定付けるパターンに他ならない
のではないでしょうか。私は思考もすれば、行動もするのですから、
そのパターンから類推される性格というものが存在しないわけが無
いのです。と考える人は理屈っぽい性格だし、思慮深い性格と格付
けされるかもしれません。「C型に性格が無いなんて非人道的な発
言をするドクターがどこにおるんじゃ!」とそこらの物を叩きつけ
て暴れさえすれば、怒りっぽい性格に入れてもらえるかもしれませ
ん。家族に捨てられると悲観して涙を見せれば、女々しい男と見て
もらえることでしょう。
 性格の無い私は、切れ目の無い雲に覆われた風の無い街を庇の無
い窓越しに見つめつつ、夢の無い部屋でギギーと「性格育成玩具」
に指を絡ませておりませんでした。

第24回1000字小説バトル
Entry30

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日曜の朝、カクガリ。

作者 : T-Ben
文字数 : 998
 毎月第二日曜日の午前八時、開店時間きっかりに必ずやって来る
客がいる。
「よぉ、けんちゃん。いつものヤツ。よろしく頼まぁ」
 その客は中に入ると早口でまくしたて、いつのまにかシートに座
っている。
「角刈りで」
「おぅ、頼まぁ」
 そして僕は、いつものように作業をはじめた。
 "寺脇理容店"
 小さい頃は床屋だけにはなりたくないと思っていた。けれど、中
学を卒業する頃には床屋ぐらいしかなれるものがないということに
気が付いた。
「親父さん、まだ寝てんかい?」
「いやぁ、そんなことないっすよ。うちの子供と一緒にテレビでも
見てんじゃないかなぁ」
「どこも一緒だねぇ。親バカならぬジジバカで……」
「ジジバカっすか」
 俺は、相鎚をうちながら髪を切っていく。
 おやっさんはもう三十年近くうちの床屋に通っているという。
 なにしろ大工の棟梁になってからずっと角刈り。しかも寺脇理容
店一筋。
 初めて俺がおやっさんを散髪したとき、切り終わったと同時に俺
はなぐられた。しかもグーで。
「ばかやろー!そんな半端な仕事で銭がとれると思っとるのかぁ!」
 俺は学校で習ったとおりの角刈りに仕上げたのだけど、おやっさ
んに言わせると「角がなっとらん!」ということだった。
 なにしろ大工だから、何事においてもきっちりしていないと気が
済まないらしい。
 それ以来、俺はあまりおやっさんが得意ではない。
 あらかた切り終わり、背もたれを倒して髭剃りにとりかかった。
 矢継ぎ早にしゃべりかけてきたおやっさんも、さすがに黙って目
を閉じている。
俺は白い泡を塗りながらおやっさんの顔をじっと見た。シワが深く
幾重にも刻まれているが決して弛んでいないハリのある皮膚は、梅
酒のビンの底に沈んでいる、よぉく漬かった梅を思わせる。確か俺
の親父よりも年上だと思ったが、全然こっちのほうが若々しく見え
る。
職業の違いだろうか。床屋と大工じゃ身体の動かしようが全然違う
ものなぁ……。
 洗髪をしてドライヤーをかけると作業は終わりだ。
 おやっさんの髪を乾かしているときにいつも思うことがある。
 てっぺんがかなり薄い角刈りっていうのは何かヘンなものだなぁ
と。
 【 】
 上から見るとこんな感じ。
 髪を乾かし終えて作業がすべて終了した。
「ありがとよ、けんちゃん」
「お疲れさまでした」
 おやっさんはすっきりした顔で店を出ていった。
 角刈りっていうかカッコ刈りだよなぁ、俺はいつまでもニヤニヤ
していた。

バトル結果

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第24回1000字バトルチャンピオンは、
サーモンピンク2回転さん作の『Go on the Road』に決定しました。
おめでとうございます!
票を得た方もそうでなかった方も、次回でまた頑張ってくださいね。
感想票をお寄せいただいた読者の皆様、ありがとうございました。
今後ともQBOOKSをご支援いただけますよう、よろしくお願いいたします。



作品得票
Go on the Road(サーモンピンク2回転)5
河童の風呂のぞき(ヒモロギ)4
オーディション(のぼりん)3
五月雨のリニア(さとう啓介)2
雨の向こうに(逢澤透明)2
(るるるぶ☆どっぐちゃん)2
ビタースイート(一之江)2
へーぼんな日(渡瀬ミウ)1
チョコレート色の夢(かおり)1
ポンコツ先生とキジ(紺詠志)1
或る伝説の勇者(羽那沖権八)1
C型(越冬こあら)1








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