第25回1000字小説バトル
 Entry10
 
夕焼けの廃校。ちょっとした過ち。
 
瀬田 春風
 
 
 たわいもない遊びのはずだったのだ。
 よくあるいたずらのはずだった。
 後ろから近づいて、軽くトンと背後を押して驚かせる。それだけのはずだった。なのに私がトンと押した友人の後姿は、そのまま窓の外へと簡単に落ちていってしまった。私はただ呆然と音もなく落ちていった友人の姿を、窓から顔を出して眺めた。小学校の3階から落ちた友人は、まるで投げ出されたゴム人形のように見えた。
 私はどのくらいの間ぼんやりとその友人の姿を見ていたのだろう。いつも騒がしいはずの校舎は、その日に限ってシンと静まり返っていた。それもそうなのだ。私の通っていた、この校舎はもう一年も前に廃校となり、明日には取り壊されることが決まっていたのだ。今この校舎は、明日の死の宣告を素直に受け入れ、準備しているのだった。そんな神聖な場所へ足を踏み入れたのはたぶん私と、地面の上の友人だけであろう。
 小さな広告代理店で働いていた私は、一昨日地元の左官屋に勤める友人からの電話を受け、こうして懐かしの校舎に別れを告げにきたのだ。片道六時間かけての長旅だった。その時には、こんなことが起こるとは思いもしていなかった。私には、妻も、まだ幼い一人娘もいる。こんなところで足を踏み外すわけには行かなかった。
 幸いこの木造の校舎には誰もいない。私はとりあえずホッと溜息をついた。
「ホッと!?」いったい私は何を考えているのだ。
 今さらながらにひんやりとしたつめたい汗がこめかみを伝った。地面に叩きつけられても身動きしない友人は死んだのだ。何をためらっている!警察に、救急車に電話をしなければ。
 そう思うほど、もう一人の自分が語りかけるのだ。
「いや、誰も知らないのだ」と。
 私は夕焼けに赤く染まった教室をもう一度見渡した。小さな机と椅子。全てがおままごとでもやっているような、何かを演じているような気分になってくる。そう、全てが演技なのだ。そうでなければこんなに冷静でいられるわけがない。
 三階から落ちた友人も、こうして窓際で途方にくれている私も、現実にあったことではないのだ。そう考えると少しホッとした。

「カーット!!」
 大きな声が廃校となった校舎に鳴り響いた。私は呆然とその声のするほうを見る。
「イヤー、よかったよ。役になりきっていたねえ。」中年の身汚い男が何か喚いている。ようやく思い出した。私は俳優だったのだ。そんな私の横顔を、赤いライトが照らしていた。
 
 
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